2007年9月15日 (土)

「全力」という技能

江戸時代の人は、飛脚や忍者などの特殊な人を除いて、「全力で走る」ということがはできなかったとある本で読みました。太平の世で「走る必要がなかった」ということも背景にあるわけですが、直接的には「そうしたトレーニングをしたことがなかった」=「全力で走るという技能」を身に付けていなかったということでしょう。

ヒトは動物であるがゆえに、「走る」ことは本能的にできます。しかし、「全力で走る」は、特殊技能なのですね。確かに、今ジョギングやウォーキングをしていて、時々「よし、全力であそこまで!」と奮起することはあるのですが、「できない」。物理的に「全力で走る」ということができないだけでなく、「全力を出し切る」ということすらできない。

特に自分はかつてバスケットボールをやっていて、瞬発的なダッシュが当然の技能だったので、今の「情けなさ」はよくわかります。見事に錆び付いたわけです。

これは水泳のダッシュも同じで、長く泳ぐ、綺麗に泳ぐというのと「スプリント」は、カラダの使い方としては全く別の種目といっていいわけです。

試合まであと1週間。体力はまあ、夏トレでつきました。あとは、どこまで「スプリント神経」をつなぐことができるかということと、いかに「全力」を出し切ることができるかの勝負です。

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♪あ~ぁ~川の流れのよ~ぉに~♪、

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2006年11月 6日 (月)

理と反復

昨日、チーム練習でコーチから「フォームがよくなった」とおホメのコトバをいただきました。不惑を遙かにに越えてもうれしいものですな。具体的には、前からの懸案だった呼吸時のロスがなくなってきたということです。確かに泳いでいてもそれを感じていました。

「量が質に転化する」というやつには違いないでしょう。もちろん、苦しい他律的練習をこなすには、必然的に省エネのフォームを身につけるしかない、サバイバル本能が働いた結果でしょう。しかし、単に量をやればそうなるのではなく、特にオトナはその原理をまずアタマで理解し、改善の方向を見定めているということが必要条件です。理解とは、つまり「理」を「解する」ことですね。「理」は今巻の『バガボンド』の主テーマです。剣の「行きたい方」へ行かせるが、剣の理。

ならば、スイムの「理」は?…ビールの回った現在のアタマにここから先の詳述は難しそうですが、より水の抵抗を減らす方向へのアプローチが「理」であることは間違いないでしょう。「水と喧嘩するな」というわけですね。最近ちょっと水と仲良くなれた気がしています。泳いでいてできる波が心地よく感じられます。(主観ね、主観)

「理」を求めつつ、反復練習に勤しみたいと思います。

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1000001…1000002…ふぅ

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2006年6月 1日 (木)

試合直前にすること

例のおぞましきアンケート記事「なぜあの人はいつも結果を出せるのか」で、試合直前に会場ですることは?というのがありました。私はCDを聴く。演歌を歌うと答えました。

CDは、高橋尚子選手が金メダルをとったときHITOMIの「LOVE2000」を聴いていたというのテレビで見て、マネしました。以後、長渕剛、ライオネルリッチー、アースウインドアンドファイヤー、ときて、最近はジャビーンSURRENDERが定番です。これはイイ。なんとなく聴くのは女性の声の方がやる気になるということもわかりました.。BUT WHY?

そして、演歌を歌うのは、いくつかの効果があります。まずは「オトコの歌」であること。(ジェンダー?それなに?って感じですもんね、演歌。)「歌う」のはオトコ歌がいい。そして、緊張すると息が短く、浅くなる。それを深く長くする効果が演歌にはあります。そして、しっかり歌えるようになると呼吸も楽な感じになる。一石数丁です。(でも、人目を気にしなければなりませんけど)今度の試合、スタート台まで歌っていられたら効果抜群…かも?(隣の人を不気味がらせる効果が一番大きいかも?)

これもでたらめまたはオリジナルではなくて、以前、オリンピック水泳女子長距離選手が練習中何を考えているかと聞かれ「津軽海峡冬景色」を歌いながら泳いでいるというのをテレビで見て、うむ、粋だな、いいなと思ったからです。こんなことも全国誌に答えてしまった…わけです。

試合3日前。接骨院の先生からは「ちょっと無理しすぎてるようです。あと二日はゆるめにしておいてください」といわれました。一昨日の「オトナ」はどうした?

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2006年5月17日 (水)

なぞの一文の探求

以前書いた、キックのコツの一文「両脚で水を挟み込む…」はいまだアタマから離れず、泳ぐたびに探求しています。ただ、ちょっとそれらしい感覚も…大腿二頭筋を以前より意識して働かせるとちょっとそんな感覚も生まれます。多少キックも改善されたような…

今日接骨院へ行くと、先生から「下半身全体がかなり張ってます。ちょっとヤリすぎですね。少しセーブしてください」と。止まらないんだよなぁ。ターンもかなりいい感じかな。やっと回転感覚がつかめるようになってきました。ま、こんなことでアタマの中はいつもいっぱいです。

足の筋肉も戻りつつあり、アイフルのCM(もう、古いね)状態からも少しずつ脱却しています。亀田三兄弟のだれかが言ってた「足の完成」に向けて、明日も足をいじめようと思っています。(セーブしろっていわれてるんだろうが!!)

試合も近し。「無理して無理せず無理して」?トレーニングを積んでいこうと思います。

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2006年4月29日 (土)

『解体新書』

同時に運営している歴史のブログと間違えたわけではありません。私にとって、水泳の技術書を読むことは、オランダの人体解剖書を翻訳し『解体新書』を完成させた杉田玄白の苦労に似ている、といいたいのです。(わかんねぇ喩えだなぁという声が聞こえました。)

かの杉田玄白はほとんどオランダ語がわからなかったのに、翻訳を完成させました。記録によると「眉毛は、目の上に生えた毛である」という一文を訳すのに1日以上かかった…などとあります。最後はどうやってわかったんだろう?という素朴な疑問は保留のまま先に進みますが、「中年しろうとスイマー」になりたてのころは、市販の本がバイブルでした。必死に読みました。しかし、わからない。意味はわかっても、その感覚がわからないとか、簡単に書いてあるリードの文の方がわからないとかいろいろでした。そのひとつひとつが後にコーチに出会って解決していったときは、まさに至福でした。「なるほどおお!!」という声がプールに響き渡りました。

さて、今日また、ちょっと久しぶりに水泳の技術書を購入しました。(高橋雄介著『クロールが速くきれいに泳げるようになる』最近のはDVD付きなので、大いに助かります。)   そして、また??の一文に出会いました。それは、

「水を挟み込むようにキックし、重心を前に『乗せ返す』」

です。うーーーむ。どこの部分で挟み込む感覚を感じることができるのだろう…乗せ返す?「返す」というのは何に対して??このところ「キックの鬼」に変身したところでしたし、もともとあまりうまくないので、この一文大いに気になります。こんな風には全く思ったこともないので、上達のカギはこの中にありそうです。しかし…まだわからないなぁ。全然実感も湧かない。イメージも難しい…。

杉田玄白どののように粘り強く、この一文の解明及び体得にしばらく努力したいと思います。

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2006年4月18日 (火)

2軸

水泳界も「2軸」流行りです。たとえれば、サーフボードのパドリングのように泳ぐわけです。確かにこれはスムーズに進みます。中年の肩への負担も少ない。これに変えてから急に長い距離が辛くなくなりました。ピッチも当然速くなりました。

私の短い水泳歴を振り返ってみると…初期は「一匹オオカミ」「自己流のオニ」でいこうと決めていましたので、とにかく本能的に速く泳ぐということだけを考えていました。セオリーがないのですから、本能しかありません。本はあまり役立ちませんでした。水の中の競技。できてるんだかどうだかさっぱりわからないからです。大会2回目で、まあまあの記録が出ました。

その後、似たような記録が続いて、レッスンを受けるようになったら、しばらくタイムが下がったりしました。うーーむ、なんでだろうとずっとナゾでしたが、やっとわかりました。「本能」で泳いでいたとき、自分で「2軸」をやっていたのです。「直観は神の声、その次の考えは人の声」で、やはり本能はより速く泳ぐためのフォームを選択していました。(もちろん、「正しい」2軸であるはずはありませんが。)

以前、ハワイで個人レッスンを受けたことがあります。ロビンというオリンピックでしか見ることのないようなカッコイイ女性スイマーでした。その時、エントリーした手を、腰を指さし、「ストレート!ストレート!」腰までまっすぐ引けというのです。そのころは、ローリングもし、S字プルもかなりサマになってきたと自惚れていたので、「パードゥン?」「ストレート??」何言ってるんだろう、このヒト。オレのヒヤリングが悪いのか??と不審におもいつつ、帰国しました。

後に本を読むと、アメリカやオーストラリアではずっと、そして今でも「2軸」が当たり前なのだそうです。ほんとだ、イアンソープもハケットも全然ローリングなんかしてないじゃないか!ロビンさんは正しかったのだ…(オレのヒヤリングも…?)

どうでもいいことを思い出しました。かつて湘南ヘボサーファーだった頃、パドリングが好きでした。これだけでもいいやなんて思っていました。南国に行ってもよく浮き板みたいなのに乗ってパドリングで遠く沖まで行っていました。しかし、ある記事を読んでからやめました。サーファーがホオジロザメに襲われるのが多いのは、海中から見るとパドリングしている人が好物の「弱ったアザラシの子」みたいにサメさんに見えるからだと。ダイビングをやっていた私は海中から見たその図が鮮明に想像できてしまうのでした。その少し前、伊勢のブラジル丸の甲板でどういうわけか「オーストラリアで捕獲したホオジロザメのアルコール漬け展」?も見ていたのでその怖さは拡張され、パドリングで沖に出ることはもうなくなりました。「イメージ」は大きな力があります…と今日のテーマと全く違う結論で本日終了。(「水泳」と「歴史」の「2軸ブログ」で文章乱れてきたかな?)

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2006年4月13日 (木)

ワザの改善

人気漫画『バガボンド』には、深く共感できる場面がたくさんあります。まずは、京に上った武蔵が「オレは強いのか弱いのか実はよくわからん」という場面。『SWIM』にも書きましたが、最初の試合に出るまでの私の気持ちそっくりです。そして、武蔵はいいます。「おまえを倒したら俺は強いといえるか?」武蔵とはレベルは違いますが、私も「アイツ(「あの人」ですね)」に勝てばまずまずといえるだろう、と思う人を目指してはじめのうちは特訓していました。ヒトはやってることに「基準」を持たないと心落ち着けないもののようです。

そして、一番気に入ってる場面は、小次郎と巨雲というツワモノの死闘の場面です。お互い肉を切り刻みながらも、その死闘の中でふたりとも「新しいワザ」を体得します。そして「おまえも技の改善をしたか」と共に喜び合う。「新しい体の使い方・感覚」を体得した小次郎は、死闘のさなか、狂喜乱舞します。それをハタで見ている武士は「狂ってる」と称します。

…が、「ワザの改善」を実感としてとらえらえたときは、本当に至福の一瞬です。小次郎の乱舞、わかります。かつてスキーに狂っていた時、コーチから「急斜面ウェーデルンのコツは、板の跳ね返りをヒザで自然に受け止められるようになることだ」という旨の話を聞いていました。しかし、何十日やっても「跳ね返り」という感覚はつかめませんでした。しかし、ある日、脚が「跳ね返り」としかいいようのない感覚をつかみました。そのときの嬉しかったこと!草津温泉に浸かりながら、「やったなぁ」と何度も噛みしめたのを覚えています。

水泳でも、そんな至福の一瞬を何度も味わいました。最近では、「前腕で水のかたまりをつかむ」という感覚です。ヒザを痛めてプルブイでストロークの練習ばっかりしていた「恩恵」といえるかもしれません。片手クロールをしていて、「うん、いまちょっと掌が水に『ひっかかった』よな…」もう少し意識してみようか…なんか、前にある大きなボールをひっかけるように…なんて書いてあったっけ…そして、それの「乗っかって」いくんだよな…なんて試行錯誤の結果、「体得」できました。「わかったぞ!!」小次郎のように狂喜乱舞したい気分でした。

「しろうと」ゆえにこうした「ワザの改善」の機会には事欠きません。この6年間実に多くの幸せを味わうことができました。たぶんその都度、エンドルフィンが大量に分泌されたのでしょう。その麻薬中毒となってしまったわけです。

明日は歓送迎会。ブログはお休みです。復帰戦までいよいよあと10日。本当は、酒より「ワザの改善」に酔いたいところです。

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