2007年11月24日 (土)

あいらぶプラトー

『達人のサイエンス』という本を読みました。

この中に「プラトーを好きになるには」という章があります。まったく発想したことがありませんでした。プラトーを忌み嫌い、ずっと右肩上がりを…などと考えていたところもあって、今年の不振はなんとも受け容れがたいものでした。しかし、がんばってやったのに伸びなかった=まさにプラトーです。この必然的段階を「好き」になるという一見奇想天外な考えを持てるかどうかが、「達人」への道なのだといいます。

「もしわれわれがよき人生、すなわちマスタリー的な人生を送っているのであれば、その大半はプラトーで過ごすことになろう。さもなければ人生の大部分はじっとしておれない不安なものとなり、ついにはプラトーから逃避するための自己破壊的なあがきにおわってしまうだろう。」

「プラトーを愛するとは、永遠の「今」を愛することであり、必ず訪れる上達のスパートを楽しみ、達成という果実を味わうことであり、さらにその後すぐに訪れる次のプラトーを澄んだ気持ちで受け容れることだ」

…うーむ、まさに今年のワタシへのベストメッセージと思える本でした。これもシンクロニティかな?

オーケー!アイラブ・プラトー!ウエルカム・アチーブメント!アンド、スーングッバイ!ハローアゲイン!プラトー!ってわけね。…書名にふさわしくない、品性を欠くまとめでした。

さて、明日は、今年のクライマックス・プロジェクトの最後です。旨い打ち上げ珈琲飲めるかな?

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2007年11月11日 (日)

1111

11時11分の投稿にすればよかったかな。

立冬も過ぎ、今年も残り少なくなってきましたね。…となると、忘年会のシーズンです。昨年末は16回!…計何十時間飲み続けていたかという感じでした。多くの方との対話は実に痛快で、そこから新しい企画もたくさん生まれたり、新しい出会いがあったりしました。…しかし、オマケもついてきました。まず、太りました。それはまだしも、年明けくらいから腹筋がヘンに張って、痛くて泳げなくなりました。そして、極めつけは春の急性胃腸炎でした。生死の境に近いところまでいきました。好きな大会の前日でした。

…トータルしてみて、よかったのか悪かったのか、飲むだけ飲んで食うだけ食って、今更ゴタゴタいうんじゃねえよ、が正解でしょうけど、ちょっと今年は控え目にさせていただこうかな…というくらいの分別は持たねばね。(古くから私をよくご存じのMさんは、胃腸炎で倒れたときに、このブログを読んでくださっていて、年末から心配して(予想して?)おられたと後でありがたいご報告をいただきましたし…)

ま、内臓も体力の内。内側のメンテナンスも気をつけないとね。

さぁ、今年はあと4レース。会心にしめくくるためにも、今週は飲・食にも気をつけよう。(試合2日目は、最初のレースと次のレースの間が7時間もある!…喫茶店巡り…は珈琲飲み過ぎ必至だから、図書館でも探してシゴト・執筆をしようと計画中。)

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2007年10月23日 (火)

十三夜

今宵は十三夜。

綺麗なお月様にいろんな願をかけました。満願成就…ほど人生はひとりに都合よくはできていないでしょうけどね。山越え、谷越え、ひとびとはみんな同行者。

…試合5日前。

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2007年8月30日 (木)

夕涼み

子どもの頃の夏には「夕涼み」という文化がありましたね。真夏でもたいていの日は、夕方になると涼しい風が吹き、浴衣姿の人もたくさん見られました。しかし、ヒートアイランド、そうした文化は否応なしに消え去りましたね。浴衣などベチャッとして着てられない、って日がほとんどですものね。

そんなかつての「夕涼み」の宵を彷彿させる今宵ですね。満月は過ぎても美しい月、涼風。この宵の爽やかさについ足は外へ。そぞろ歩きウォーキング(言葉だぶってるな)に行きました。♪月がとっても青いから~とおまわりしてかーーえろ~♪と、ダレの歌だったか、さすがにこの前借りたCDにも入っていないような昔歌を思い出しつつ約1時間。この夏を回想しつつの「夕涼み」でした。

…よく掻き、よく書いた夏でした。(前者はプルね。わかった?)アスリートとして!執筆中もほとんどクーラーはつけなかったせいか、あまり夏バテはしていないようです。ただ、目玉→首→肩→ヒジ→手首(ターン!)→ヒジ→肩…という超・疲労連鎖はかなりのモンとして残っていますが、まあいろいろ詰んでいた夏の終わりの状態としては上々でしょう。

ただ、スイマーとして残念だったのは、世界水泳のどのレース、どころかどの一コマも見ていないこと。だれがキャスターだったのかも今も知りません。水泳狂いをよく知っている知人から、よく世界水泳のネタで話しかけられましたが、「あ、ほんとぉ」とトンチンカンな答しかできませんでした。(平井コーチのブログは読んでいますが。)テレビは嫌いではないのですが、目玉はできるだけ執筆と読書にとっておきたかったので、テレビはこの半月くらいでコマギレ合わせても1時間も見ていないでしょう。あー北島見たかったな。(世界陸上もたぶん同じです。)

さて、秋です。

シゴト・非シゴト・道楽のどれも大きな勝負があります。しっかり結果を出さないとね。

P1030515 よい秋を!!

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2007年8月23日 (木)

おサイフケータイ

くだらないストレス解消シリーズ第2弾。…「くだらない」は「ストレス」を修飾するのではなく、「シリーズ」を修飾してます。言わなくてもわかる!?今更「シリーズ」じゃないだろ、ずっとだ!?

この前、なくすストレス、なくしたモノを探すストレス、なくすかもしれないと思いながら暮らすストレスをなくす「100円時計」という妙案を考えついた私ですが、(けっ)、今度はケータイ。結構アレ、どこだっけと探すことがあります。特に水泳後なんかのハイなアタマのときとか読書・執筆後のオーバーヒートしたアタマのときにアブナイ。

で、先日ケータイを替えました。というより、そうせざるをえなくなったのですが。バッテリーをフル充電しても、すぐに切れてしまう。最後は、なんと、1回電話するごとに、あのバッテリー残量を示すブロックみたいなやつがひとつ減り、2回でふたつ、3回でバッテリー切れの赤い×印登場!と。それは、長電話というもんじゃさらさらなくて、ただコールするだけでの3回。計3分くらいかな。ウルトラマン携帯。

ケータイショップで中のバッテリーを見せてもらったら、水死体のように膨らんでいました。(水死体は膨らんでいるのでそれが岸に流れ着くとエビス様と呼んで縁起のいいことにした文化もあったというね。なに考えてんだ。…というより何書いてんだ。)バッテリーは古くなると膨らむのだね。なぜかだれか教えて。

もちろんバッテリーだけを替えればすむのだけど、ヒトには飽きというものがあり、水死体ごと買い換えることにしました。「どんなのがいいですか?」(スーツのとき、ポケットが膨らむのが妙にイヤだったので)「とにかく薄いやつ」…ということで、「世界最薄」というのにしました。

ここまで読まれてある矛盾を感じられたでしょうか。オマエ、ケータイをなくすストレスとやらを語っていたんじゃないかと。はい、そうなのです。しかし、その瞬間そのことを失念していて、購入、交換した直後、「あ、やば。小さすぎてなくすかも…!」と。(アホか!)

しかし、必要は発明のハハ。「おサイフケータイ」化する方法を思いついた私です。(けっ)

つまり、世界最薄は、お財布の中に入るのです。これぞ「おサイフケータイ」!いや「おケータイサイフ」か?…ともかくこれでなくすかもしれないストレスをなくせる!一体化させておけば散逸してなくすことはない!たぶん。

…でも、ケータイがなるたびに、サイフを開くのメンドウじゃないかって?…うーーむ、でも更衣室などでさがす、なくすストレスよりはよいのだね。勝手にしなさい。

几帳面な方にはあほらしさの極致のブログ2連発でしたね。(そうでない方にも??)

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だれが水死体じゃP1040486

女性はどうなるのよ

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2007年8月 1日 (水)

8月1日

学生時代から、「オレは1年の中で8月1日が一番好きだなぁ」と言ってました。海が好き、夏が好きで、その象徴が今日・8月1日でした。「夏に蓄えたエネルギーで1年間生きている」とも言ってました。

何度か書きましたが、また書いてしまいますが、26年前の8月1日、親友と海にいて見上げた真っ青な空はいまだはっきりと思い出します。そのときも「オイ、この日のこの空をずっと覚えておこうな」と語り合いました。今日、その親友に電話すると、しっかり覚えていました。ずっと共有する思い出の1シーン、うれしいものです。

「忘れられない瞬間をたくさんもつことが豊かな人生である」といいます。夏の、忘れられない瞬間はたくさんあります。(辛い思い出も…2年前の8月9日に膝靱帯損傷…それでもアレがあったからこそ今がある、ですしね。)

さて、この8月は「水泳と執筆」のみに専念します。次の「忘れられない瞬間」目指して。

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2007年7月 1日 (日)

くんしょう

親戚の叔父さんが、国から勲章をいただいたので、お祝い・拝見に行ってきました。

ナマ御璽は実に立派で、歴史の重みのオーラを放っていました。総理大臣の印も初めて見ました。賞状の紙は、金沢のあるところでしか作られていない、菊の御紋の透かしが2箇所にあるという超・特別な和紙でした。(また、詳しくは調べて歴史のブログにでも書こうと思いますが)、叙勲に際してのいろいろ興味深い話を聞きました。皇居内のことや、警備の厳しさ、そして叙勲の対象者は、5代にわたって犯罪者がいないことが最低条件だとのこと。祖父母・親・自分・子・マゴね。うーーむ、5代の血のつながりかぁ。

さて、自分。

勲章などには全くご縁のない人生を、今も今後も生きていくことはまちがいあいりませんが、こうした「5代のつながり」などを少しは意識しつつ、一体何を残し、刻んでいくのかという発想は持っていようと思いました。(ふと、♪ツッパルことだけがたったひとつのオトコのくんしょおお~♪という、嶋某の、かつてのはやり歌を思い出しましたが…ま、そんなのもありということで。でも、残らないよな。)

この道楽でも、何かを残し、刻めるかも…という気概は持っていきたいと思ってます。(このヘンなブログだけが残った…ということにはしたくないね。)

「チーム○○○」もいろいろ皮算用中。また披露していきます。

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紀子様と悠仁様の御紋

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2007年6月 4日 (月)

休養終了?

昨日は、疲労困憊で書きましたので、実に悲観的、厭世的な記事となりました。が、一晩で回復。(あほかって?まあまあ。こんなこともありまっさ。)また次に向けて努力を重ねていこうという気持ちになりました。

それは、水泳がホントに好きということに加えて、多くの方から温かいお言葉をいただいたからです。親友のYくんからは、「病み上がりであれだけ泳げれば大したものだ、よかったよ」と、ゲンインくんからは「今の状態ならあたりまえですよ」と、接骨院のS先生からは「あの状態で、もし後半まで持っていたら、もの凄い回復力といわざるおえなかった」「悲観する要素は全然ないと思いますよ」と、さらに「どんなに悪い順位かと思ったら、4位?十分だよ。」また「相当無理したのでしょ、ゆっくり治してください」とか「しばらく静養してください」とかホントにもうナミダちょちょぎれそうモンの言霊の数々。こりゃ、立ち直らないわけにはいきません。まさに「転機」は「ひと」が運んでくれるものです。合掌。

あれだけの「大病」から、全組織が完治するのは3か月はかかるそうですから、ま、9月のメインレースに向けてまたがんばってまいります。(「あきらめない」が信条でした。)昨日のブログは筆者削除もできますが、せずに大事にとっておきたいと思います。家康が三方原の戦いで負けたときの肖像画をあえて描かせ、いつも戒めとして見ていたというように。(この負け戦の、恐怖で脱糞したとかの話もありますね。さすが家康は凄い。)

さて、横にうっちゃてあったシゴトの山にはまた対面せねばなりませんが、とりあえず課題の腹筋以下を鍛えていこうと思います。愛想も尽きるでしょうが、往生際の悪いこの中年スイマーを今後ともよろしくご支援くださいませ。休養は終了です。(やれやれ?)

でも、まずはシゴトの山ね。

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2007年6月 2日 (土)

では、いってきます。

今まで幾度となく「試合前夜」を過ごしてきました。選手生活を始めたばかりの頃はうれしさの方が勝ってほとんど緊張しなかったのを覚えています。恐いもの知らずの「青い時代」でした。

その後、いろいろなプレッシャーや「恐さ」を知るようになってからは、いろいろココロの持ちようを考えてきました。

その、わが人体実験の結果ですが…「やるだけやった。あとは…」…は油断を生むだけでした。かつてバスケの監督をやっていたときも、ついこの言葉を使ってしまいそうでしたが、選手の油断を生む言葉だと悟りました。そこで完結してしまう感じなんですね。「楽しもう」…もダメ。ある時期からふって湧いたようなラテン民族の心情礼賛は日本人にはそうそうそぐわないのではないかな。「イノチガケ」…これもそういう強い言葉を使えば、強い決意をすれば何か凄い力が出るのではないかという「甘い期待」も少々含まれているようで、あまり有効なものとも思えませんでした。「緩くはないが軽くない」…そんな素晴らしい境地など30年早い!でした。最悪の結果となりました。肯定的な言葉の反芻、成功イメージのイメトレ…いずれも大した成果を上げたことはありませんでした。じゃ、「平常心」?…これも緩いココロを生むだけ。…「やけくそ」?…もっとだめ。案外もろい。どれもだめじゃん!!

…というわけで、結論。やはり、しろうとレベルの競技では、「心・技・体」じゃなくて「体・技・心」。上のふたつあってこそ、の「心」じゃないのかということ。身も蓋もなく、高尚さに欠けるような結論なのですがね。で、今回は節制・健全生活で「体」にアプローチしてみたってわけ。で、ココロは、ま「がんばろう!」くらいにしておきます。(ワザは日々、結構磨きました。)

1週間の節制生活のカラダと、まあまあ磨いたワザと、がんばろうのココロ。そしてミナサマの応援!!これだけを手持ちの武器として明日、行ってきます!

結果は律儀にご報告いたします。(ダレも楽しみにしてないかな?…ま、それでも律儀に)

*クマも早寝中。

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2007年5月28日 (月)

オールアウト

「オールアウト」とは、全力のダッシュのこと。水泳の練習で、最初にこのことばを聞いたとき…オールアウト…全てを出し切る!なんといい響きだと思いました。水泳に限らず「オールアウト」は私の望むところです。(矢吹丈の影響多大かも)

しかし、コトはそう簡単ではありません。人間には自己保存欲求があり、オールアウトの前に、どこかの段階でブロックをかけ、セーブしてしまいます。ま、そういう適応機制があったればこそ人類は生き延びてきたのですが。歳と共に蓄積される「分別」とやらもここに一役買うのは間違いありません。中年スイマーのサダメですな。

…それでもココ一番の勝負には、「いい歳」を忘れて、このリミッターを外してしまいたいです。話は、昨日の試合に。…病み上がり復帰戦だし、まああれでよしという思いで納得しようと思いましたが、やっぱりどーも、後味はよくない。前半いつもより1秒も遅かったのは、オーバー規制だな、やっぱり。全然全力じゃない。弱気な試合でした。(それは他ならぬ自分が一番よくわかっています。)

…ということで、来週の試合のキーワードは「オールアウト」!

私の現在持っている全知・全能・全エネルギーで臨みます。もう、ブロックは全面解除です。

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彼岸と此岸…

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2007年5月25日 (金)

2日前

京都2日前となりました。先月の瀕死状態?での試合キャンセルから1か月。完全に回復…は無理に決まってますね。同病で3週間入院した方もいるのだし、ま、出られるだけで満足せねば…(それができるほどデキてませんけど。)

クラブの方からも、ホントに出るの?と聞かれましたが、はい、出ます。(ヤルキはあるけど、カラダがついてこん!って古いCM思い出してしまいました。)

正直なところ、不安ですが、うれしいです??50歳ゴコロは複雑ね。(「なのにアナタは~キョウトへ行くの~♪」という古いはやり唄思い出してしまいました。)

接骨院の先生に、筋肉の状態をお聞きしたら、「ま、参加することに意義がある…ですね」

うーむ。筋力・体力が不足しているなら、あとは美しく!が作戦だな。美しく速く……

さー、どうなることやら。2種目エントリーしていますが、1種目目のようす次第で2種目目は棄権かも。結果はまた律儀に報告いたします。

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勝負パンツとともに京へ

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2007年5月23日 (水)

50歳力

木村政雄さんの『50歳力』を読みました。

その中に、少し前からよくいわれる嫌な言葉「勝ち組」「負け組」について論じたところがあります。

…実際のところ、「勝ち組」や「富裕層」にどれだけの意味があるのでしょうか?「勝ち組」になれないものは果たして「負け組」なのでしょうか。勝ち、負けで判断するのはあまりにイージーです。かつてそうした判断基準は子ども達のモノでした。子どもっぽい世界では成立した世界観でしたが、いつのまにか大人の世界でもそれがスタンダードになってしまったようなのです。

半か丁かの二者択一の勝負の世界では、結局勝つのは賭場を開いている胴元だけなのです。今の勝ち組、負け組の二分思考も実は何処かの胴元のしかけなのかもしれないのです。

…私も、本日で50歳。「子どもっぽい思考」の許される歳ではありません。…しかし、もうしばらくは水泳という道楽の場で、思いっきり二分思考=「勝ち・負け」にこだわる「子どもっぽい世界観」に浸ろうと思っています。ここで、子供っぽさを存分に発揮しておけば、「実の場」での単純で幼稚な勝ち負け思考に陥ることを防げる…かもしれないと思いつつ。

日曜日は、京都。調子はあまりよくなく、不安あり…しかし、まけるもんかぁ~!P1030915 ダレに?

判定勝ち組…不戦勝組…

いかさま勝ち組…笑うが勝ち組…

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2007年5月15日 (火)

逆・たられば

今日は歯の定期メンテナンス日。歯の裏表をキレイにしてもらいます。なんだかクエだかの歯を掃除する小魚の図を思い出します。ついばんでいただいた後は、実にツルツルヌルヌルで、これぞエナメル質という感じになります。

よく知る衛生士さんと久々の対面だったので、「ずいぶん久しぶりじゃん」と。すると「入院してたんです」「え?」「急性胃腸炎」「え?」「3週間ずっと点滴だけでした」「え?」…話すと先日の私の病と全く症状も同じ、医者の診断も同じ。そして「生まれてから一番痛かった」のも同じ。「痛くてずっと泣いてた」のは同じじゃ気持ち悪いね。

聞けば聞くほど同じ。コレを話していて、昨日書いたブログのなんとゼータクなことかと思い知り、そうか、「たられば」を都合のいい方にだけ使うから不満になるのだと思い知りました。そう、もし私も彼女同様だったら…まだ入院中です。昨日の今日、こんな話に出会うということをシンクロニティ、あるいはカミサマの思し召しというのでしょう。合掌。

はやりやまいのようでもありますので、どうぞみなさまもおきをつけくださいませ。

P1030907 感謝して出直しましょ。

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2007年5月14日 (月)

たられば

体調が少しずつ戻ってきたからでしょう、だんだんこの前の試合に出られなかった口惜しさが増してきました。(おー、なんたる器量なし!!)そして、よせばいいのに、試合結果のWEBなんかをのぞいてしまったので、益々。(くそう調子もよかったし…出ていたらなぁ…)

「たら・れば」はいかんぜ。と、中学時代の親友に言われて30年以上経っているのにまだ、たられば!!…イイ歳になっても、ちっとも達観できずに、やっぱり子どもっぽい勝負が好きなのだなぁとつくづく思ったりもしました。(見てりゃわかるね。)

京都の試合まで2週間。接骨院の先生によると、まだ筋肉に張りがもどっていないそうですので、なんとかまずは戻さねば。ただし、図らずも成功してしまった?減量は、このままキープしようと思います。病で伏せている間も、暇なときはいつもイメトレはしていました。そのせいか、病後、ちょっとクイックターンの切れ味がよくなったような…そう思えるのはアタマの切れ味がもどっていないからかも。これじゃ、ぐるぐる巡りだね。

とにかく!がんばろう!(弱論強弁。ひどい締めくくりだね。)

P1030905 tarareba~

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2007年3月25日 (日)

白いサイダー

朝、寝不足のボケたアタマを癒そうと、雨上がりの川沿いを散歩しました。シラサギ、ハイイロサギ、カモ、カメ、コイと出会いました。酔っぱらってるわけではありません。自宅周辺で共に生活している仲間です。

雨上がりのマイナスイオンをたくさん浴びての散歩は爽快です。さて、自販機で何か飲もうと思い立ちました。普通は珈琲を選択する私ですが、ふと目が行ったのは、コラーゲン入りの健康飲料。美しい女性がプリントしてあります。うむ、こうした爽やかな朝にはコレだ!昨晩から、甘いモノなどを押し込み、ムリヤリ血糖値を上げて、頭脳をムリヤリ働かせて来たし、ヘルシーにいこう!!と決めました。

そして、ボタンを!…おす瞬間になぜか隣のボタンを押してしまい、なんと普段絶対選択しない、ヘルシーとは対極の?「白いサイダー」がゴトン!!と。…しばし沈黙。うーーーむぅ。なにやってんだ…

しかし、これは中谷彰宏さんのいう「神さまのオススメメニュー」かもしれないと、無理矢理飲むことにしました。「サイダー」なんて何年ぶりだろう。

すると…ウマイ!!(あほか)

そうか、今日は、カラダよりノーミソくんの欲求が勝ったんだなと、多分日本中で誰も納得しないような理屈で納得しました。(「ただのボケじゃねえか」が普通だね。)

「弱論強弁」を続けます。この水泳、この「白いサイダー」のようなことの連続でもありました。一昨年のひどい膝の怪我も、今になればあれがなければ出会えなかった人やことは多大です。実際、膝の痛みはまだなくもないですが、カラダ全体や脚の全体的な強さは、あの怪我以前より今の方が上回っています。2月のヒサンな試合も、トレーニングの根本的改善の契機になりました。

そもそも、厄年のヒドイ捻挫がなければこのブログもないわけですし。ふりかえってみれば、白いサイダーこそ宝だった(しつこい?)ということばかりといってもいいでしょう。「塞翁が馬」どころではない、カミサマのベストセレクションを感じます。この7年間くらい、いつも自分としては真剣勝負してきて、たくさんの「不本意」を味わい尽くしてきたゆえに私にはこの認識は軽くないものです。

…ともかく、白いサイダーはうまかった。(それがシメかい!!)

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white and white

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2007年2月22日 (木)

失敗に次ぐ失敗

今日、シゴトで失敗をしました。プロとしては情けない限りだと自分では思っています。しかし、最近は、ナニゴトでも失敗からの立ち直りが自分でも驚くほど早い。そして、失敗後ほど意欲が湧いてきます。これは、完全に水泳の恩恵だと思っています。試合での多大な挫折経験に慣れ?立ち直り力が鍛えられたのです。悲しくもありがたいことです。

そんな折、今読んでいる伝記シリーズでこんな言葉を見つけました。

「成功とは 意欲を失わずに 失敗に次ぐ失敗を 繰り返すことである」(W・チャーチル)

実にいい言葉です。チャーチルの不敵な顔でいわれるとますます説得力があります。挑戦しなければ失敗もできないのですから、「失敗に次ぐ失敗」のためには「挑戦に次ぐ挑戦」が不可欠です。偉人はみなこうして前へ前へと進んでいったのでしょう。意欲を失わずに。

シゴトも水泳も、失敗の数を誇りつつ、前へ進んでいきたいと思います。

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2007年1月14日 (日)

渇望

これで1週間水に浸かっていません。(プールに行けない分、シャワー、洗い物は増えました!)そろそろ、プールを「渇望」しています。もう、プールなしで生きていけないカラダになってしまいました。子どもの頃、よくあぜ道で、雷魚がひからびて死んでいましたが、アレを彷彿とさせました?まだ、蠅はたかっていませんけど。(蛇足的註:雷魚は「悪魚」だから、捨てるのね。)

しかし、ジンセイナニゴトも裏表一体・一長一短・陰陽合一。トレーニングに行かない分、違ったことにも意識が向きます。

今朝、川沿いを散歩をしているとき、存じ上げぬおじいさんから「今日はエエ天気だけど風が冷たいねー」と声をかけていただき、「そうですねー」とショートカンバセーション。そのあと少し行くと、中年男性が、木の上の方を見上げていらっしゃるので、何かなと思ってみると、小鳥。囀っている小鳥に見とれていらっしゃる。…たったこのふたつの「出会い」で、「う~ん、なんだか豊かな朝だなぁ」と感じ入りました。それは、心身が機嫌のいい状態でなければ、見知らぬ人に声をかけたり、小鳥に見入ったりできないものだから、そういう状態の方たちとお会いしたからでしょう。

更に、いつも朝、シゴトに行くときに、車から見かける人がいます。いつも、ニコニコと歩いて通勤していらっしゃる。そして、交差点の交通指導員さんにも明るく挨拶されている。朝、コワイ顔で歩いている人が多い中、とても「目立つ」方でした。その方が、家のすぐ近くの小さな工場に勤めている方だと最近知りました。いつもあんなに上機嫌の方が、家の近くにいてくださるということだけでも嬉しいものです。散歩コースで、その工場のすぐ横を通るのでまた少し散歩も気分がよくなりました。(ちなみに、その方とは、男性ですよ。もちろん!?)渇望は満たされませんけど、ま、気分のよい朝でした。

全くなんてことはない、話なんですが、こんなことにも意識が向くのでありました。

結論:どーでもいいけど、早く泳ぎたい!!

(なんだぃ、ドーデモいいこと読ませやがったののかって?…イエそういうわけでは…割と  いい人情話じゃないかと…)

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    息継ぎは…

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2006年10月25日 (水)

フロイト?

今日はなんとなくカラダがダルくって(方言?)、珍しくトレーニングどーしようかなぁと迷っていました。しかし、まあ少し泳げば元気になるかもね…と思って、プールへ。駐車場に着き、さあ降りようと思ったら、セカンドバックがない!シゴト場にしっかり忘れてきていました。

これぞまさにフロイトさんのいう錯誤行為・置き忘れ行為!(一応ワタウシは心理学専攻学生でした。)言い間違いや置き忘れは「無意識の願望の現れ」というやつね。気の進まない会議の司会者が、開会宣言で「これから閉会します」といってしまったり、もっと長くその場にいたいのに帰らねばならない人が、その場に忘れ物をしてしまったり、という例がフロイト全集に書いてありますね。(どうでもいいけど、20数巻の全集、学生時代にナケナシのカネをはたいて買ったっけ。5巻目くらいっでダウンしたけど。)

そのセンで行くと、今日は実に素直な?願望達成法でしたな。行きたくなかったから行けないようにした…やっぱり内なる声には従うべきですね。「直観は神の声、次の声は人の声」神サンの方がホントだよね。てなわけで、今日は休養日に。接骨院の先生によると、妙に力の抜けた筋肉状態で、表面は柔らかく、奥が固いとのこと。これでは呼吸も浅くなるはずと。風邪をひいているか疲れがたまっているかのときの状態だそうです。風邪はひいていないからもうひとつのほうかな。私のカラダの状態を熟知していただき感謝、です。ま、往生際よく少し休養することにします。

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深層心理…?

…早く寝た方がいいかな?

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2006年10月23日 (月)

行雲流水

昨夜の打ち上げ会は、今お世話になっているチームの代表Aさんの送別会も兼ねていました。Aさんが、今のチームを結成され、今日まで大切に育てていらっしゃいました。人徳のある方で、送別会には40名ほど集まっていました。皆さんからの信望の厚さはよくわかりました。私はまだこのチームに正式に登録したわけではなく、来年からという身なのですが、みなさんから温かく迎えていただき、こうした会にも呼んでいただいています。

その席で、転勤されるAさんが皆の前で挨拶され、「今後は、Nさんと水狂人さんに託しました」と言われました。え?オレ?まだ正式メンバーでもないんだよ。しかし、その後も飲みながら、そして、別れ際にも「託しましたから」と、熱い握手を。ポット出の私にそんな僭越なことはできないと言ったのですが、侠気のあるAさんから言われてしまうとなんだかがんばらざるをえないような…少なくとも、できる限りのことでお役に立とうという気にはなりました。「人が人を動かすのが説得」の本質ですね。

水泳を始めて数年は、「水泳は水泳。社交はいらん」とほとんど水泳の場では誰ともつきあわず、トレーニングのみに邁進していた頃を思い出し、我ながら変わったものだなぁと思っていました。行雲流水、これが流れならそれもよきかな、かな?

来年からはちょっと今までとは違う水泳ライフ(なんじゃ、そりゃ?)になりそうです。

今日、接骨院で「いつもの試合後とは違いますね。全力を出し切った後の筋肉の張りじゃない」と看過されてしまいました。はい、いい加減なレースしてきました…

P1020410_1  ア~ァァ~河の流れのよ~に

        (海じゃねぇか)

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2006年10月15日 (日)

わが師・木

尊敬している木があります。

その「木」殿は、いつもの散歩コースである川岸にあります。長女が幼かった頃、よくいっしょに散歩して「トトロの木みたいだね」と話していました。真っ直ぐに伸びた幹と青々と茂った葉は見事でした。その周りにも何本か木がありましたが、その木は凛として他を圧倒していました。

そこに、東海豪雨です。川岸の木は次々と根こそぎ激しい濁流に流されていきました。あの「トトロの木は…」と娘と心配して見に行きました。(以前書いたように、夜遅く大雨・激しい落雷の中を、です。)

凄まじい濁流で周りの木は見事になくなっていましたが、「トトロの木」は、不気味な暗闇と閃光の中に立っていました。その胴体には流れてきた、木の枝はじめ、ゴミなどいろんなものがひっかかっていました。しかし、激しい濁流に負けずに踏ん張っていました。「がんばれよー!!、流されるなよー!」声をかけ、その夜は去りました。

翌朝、一番に見に行きました。(途中、昨夜歩いた遊歩道が陥没していました。いかに激しい一夜であったかよくわかりました。)まだ、大水は引かず、木も半分は水没していましたが、「トトロの木」は流されていませんでした。が、痛々しく幹は傾き、枝は無惨に折れていました。(あーぁ…ひどい恰好にになってしまったなあ。しかし、よくがんばったな!!)

大水が引いた以後、毎日「お見舞い」に行きましたが、その損傷は激しく、月日がたつにつれて枯れた部分が多くなってきました。(いよいよ、だめかな…)と思いました。それでもまだ息のあるうちにと思い、一部の枝を「思い出」としてもらい、書斎の「神棚」に飾りました。「東海豪雨に負けなかったトトロの木の枝」です。

以来、好きだった木が枯れていくのを見るのがいやで、あまり見ないようにしていたのですが、家からも近くどうしても見えてしまいます。そのたびになんだか悲しい気分になっていました。

しかし!!ある日。なんと!枝から若葉が一杯出ているのを発見!!「おお、まだ復活するつもりなんだ!」ととてもうれしくなりました。以後、毎日祈るようなつもりで激励していました。

そして…あれから数年。現在は下の写真です。根元はひどく折れ曲がって、かっこよかった当時の面影はありませんし、枝振りも乱れています。しかし、見事な復活です。今ではその低くなった枝に子ども達が乗って遊んでいます。その場面を見るのがとても好きです。みごとな生命力!根性!あきらめないココロ?今では「あの夜」必死に耐えていた姿を思い出しながら、「師」と仰いでいます。

…ここからスイマーのブログに?。私はケガで塞いでいた間、何度もこの木を見に行きました。オレもオマエに負けずに復活しなきゃ、と。「トンネル」にいた間、私を支えてくれた恩師のひとりです。28秒台が出た暁には、即、報告にいかなきゃね。

う~む、今日のブログはメルヘンだったなぁ。(オエッて?まあまあ。)

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2006年10月 4日 (水)

「狂」

昨日、懐かしいスキーの本を掲載しましたが、実はもう一冊、欠かせない本があるのです。これを読んだのは確か1996年でした。(出版は1994年)タイトルは『中年スキーのすすめ』このブログのパクリ?…逆です。多分私はこの本がアタマにあって、この「中年ブログ3部作」も始まったのです。当時、足首を痛めていて、もう運動は無理かとも思っていた頃、この本を見つけ読みました。この人は「43歳で一念発起」と、サブタイトルにありました。ほぼ同年齢じゃないかと思って、一気に読み切りました。狂ってます。この人も、読んだ私も。中年でもこんなに燃えることができるのか!!と、うらやましくてたまりませんでした。

この本のあとがきにこんなことが書いてあるのを、今日改めて手にとって再確認しました。

「(この本を)思わず手にとって読んでしまわれた方は、災難に遭ったと思ってあきらめていただくしかない。…それでもあんなアホーにもスキーができるなら、このわたしだって、と勇気づけられた方がいらっしゃれば、それは幸いである。スキー入門は地獄の一丁目に過ぎないのだから、仲間が増えて心強いかぎりだ。」

以後、種目は違えど、「仲間」になってしまったわけです。ま、ある意味「地獄の一丁目」かもしれませんが、あのまま「天国の一丁目」にいたら、今頃、自分が自分に反乱を起こしていたことは間違いないでしょう。

今宵、懐かしい本をめくりつつ、いつかこの本みたいに『中年スイムのすすめ』でも書いて、「地獄の仲間」を増やしてやろうかしらんと思うのでありました。

人生、「狂」あってこそ愉し。(あー、ついていけん!って?…それで普通です。)

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著者はエンジニア。

オレのエンジンにも火を点けたぜ…(臭すぎ)

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2006年8月 2日 (水)

最近、水泳トモダチがとても増えました。と同時に、「水泳の師」も増えました。水泳を始めた頃は、「今更習う気はないなぁ。自己流あるのみ!」と突き進んでいました。プールへ行ってもほとんど誰とも話さず、自己流トレーニングだけをして「さあ、次!」と次の場所に向かっていました。顔だけはよく合わせる人はたくさんいたのですが、「社交はいらない。次!」という感じでした。周りの人たちから見て、ずいぶんヘンな奴だったことでしょう。(今でも十分ヘンですけど、もっと。)師はいませんでした。本のみでした。

…以後の変遷の詳述は省きますが、それが、今や、どのプールへ行ってもトモダチだらけ。スタッフ(監視員)の方までトモダチ風です。師もたくさんいます。師の中には、年齢的に私の息子・娘であってもおかしくない方もいます。一応運動部出身ですので、高校時代などはそれなりに先輩風を吹かしていた頃もあります。パンやジュースを買いに行かせたり、少し褒美に?おごってやったりと。エラソーにしていました。

しかし、今や「息子」「娘」にもアタマを下げ、教えを請うています。そして、それが全く気にならない、ましてやプライドがどうのなんぞとは毛頭思っていない自分に少し驚いてもいます。(オレはこんなに謙虚なニンゲンだったのか…と。友人もその変貌ぶりに驚いています。ふだんエラソーにしてますから?)

しかし、実は「謙虚」とも違うのです。ただ一途に「上達したい!」「速くなりたい!」の塊なのです。この強い思いの前に「謙虚」だなんだと何も関係ありません。それだけ、水泳が好きなのです。向上したいのです。教えてくださるなら誰だって教えを請いたい!という感じです。

武蔵の言葉に「我以外皆師なり」というのがあります。以前は、武蔵も歳をとって随分謙虚になったのだなあと思っていましたが、そうではないな、「向上心」の塊だったからだな、と今は思います。上達の道の前に、余計なものはみな吹き飛びます。

ただ、以前本当の師に巡り逢うだけの力もなかった頃の話。市営プールでアベックがいました。男性が女性にクロールを教えていました。「ローリングはね…」その当時、私の関心は「ローリング」にありましたので、すぐに聞き耳が立ちました。「肩をねこうしてね…(ふむふむ)…こっちがこうなっらね(ふむふむ)…」私は「うーーむ、そうだったのかぁ!」と感心して聴いていました。次の瞬間、その男性が壁を蹴って泳ぎはじめました。(おっ見本になるな)…次の瞬間、私の目に入ってきたものは…小学生低学年以下のクロールでした!(ばかやろーーーー!!)

懐かしい、真摯な取り組み始めの頃の思い出でした。

今は、とても師やトモダチに恵まれています。多謝、多謝。P1010299

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2006年5月30日 (火)

「上機嫌の作法」

斎藤孝さんの本に『上機嫌の作法』があります。仕事は上機嫌でやってこそはかどる。そして、いつも上機嫌でいるのは「技」であると。(詳しくは他のブログでまたいつか。)

私にとっての「上機嫌の作法」は、やはり「試合」です。勝負欲が満足させられるとしばらく何をしていてもハッピーです。しかし、昨年度のようにケガをして勝負欲がくすぶると、どうもいけない。形を変えてでも何か勝負がしたくなります。でも、白黒のつかない勝負は不完全燃焼感が残ります。ハダカ一貫の水泳競技は、実にすっきりと白黒がつくからいい。

試合に向けて自分を追い込んでいく、試合前の緊張、試合後のがっかり感や達成感、打ち上げの開放感と次への意欲…こんな一連の作業がたまらなく好きです。

それを2日間続けた週明けですから、昨日も今日もとても「上機嫌」です。今日は喫茶店読書もはかどりましたし、どうしても読みたくなった本も勢いで2冊購入しました。勉強や読書に疲れたとき、よく水泳の技術書を読みます。(これも、まあ読書ですけど)すると元気が回復します。私にとっては、これも「技」です。

今週末はまた試合。こんなに詰めて出場するのは初体験です。しばらく上機嫌が続きそうです。今日のトレーニングは足の疲労を抜く感じで軽くしました。「がけっぷち」もまず疲労を抜くことから。ガンガンやるしかなかった以前には決してできなかったことです。少しオトナになったかな?(来年50だろ、バカヤロー!)

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2006年5月15日 (月)

好き

自分が、ソレを本当に好きかどうかを判定するには、ソレを力の限りくらいやってみて、やり終わったすぐあとにまたソレがやりたいと思うかどうかを試せばよいのです。

私は、水泳の試合が終わったらすぐに次の試合がやりたくなる。講演をしたらすぐに次の講演がしたくなる。遺跡を訪ねたらすぐに次の遺跡が訪ねたくなる。私の通うジムでは、トライアスロンの試合に行ってきた人がその帰り道に泳ぎにきています。本当に好きなら別に不思議はありません。大好き同士の恋人は、別れてすぐに会いたくなる。普通です。でなけりゃ、もうヤバイ状況です。

先日の写生会の「しろうとアーチストの挑戦」、精魂使った私は終わった後、「もうしばらく絵はいいかな」。それに対し、娘は帰ってくるなりまた20枚くらい絵を描きました。毎日5~60枚は描いています。「好き」の度合いが違うのです。どっちが優れているという問題ではないでしょう。ヒトみな「終わってすぐまたやりたくなるようなモノ」に精魂を使えばいいのですね。それが一番の「成功」の秘訣なのだと思います。「成功者」はみな「オタク」です。「大好き」といえる水泳に出逢えた私はもっと「オタク」にならねば「成功」はならぬ、とヘンな決意を固めているのであります。さあ、明日もがんばろ。

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2006年5月10日 (水)

復活

今日もトレーニング後、接骨院でカラダメンテナンス。院長先生から「(痛めた方の)ヒザの裏の筋肉がだいぶ戻ってきましたね」といわれ、なんとも幸福な?気持ちになりました。今日泳いでも、ちょっとキックよくなったかな、という実感もあったので尚更でした。まさに幸福感は状態ではなく、状況の変化の中にあり、です。やっと復活の気分です。

朝青龍がヒジの靱帯を痛めてしまいました。あの無敵だった朝青龍がもんどり打ってすっころぶことがあるなんてちょっと前には想像もできなかったことです。勝負の世界は実にシビアです。なぜ練習があまりできていなかったのか、あまりニュースを見ていないので知りませんが、どんな理由にせよ「練習不足」であればこうなるわけです。ただ、私は朝青龍がどのようにこの時期を耐え、復活してくるのかとても興味があります。一流は逆境でも一流であるはずだからです。

プロゴルファーの杉原輝夫さんを尊敬しています。何年か前、テレビのドキュメンタリーでガンと闘う杉原氏を見ました。「マムシ」との異名を持つ氏らしい壮絶な闘いぶりが映し出されていました。なんでも筋肉の力が弱まるクスリを飲まねばならないそうで、それでも「復活」への尋常ならぬ執念で加圧トレーニングという凄くハードなトレーニングに耐えている姿は神々しくさえありました。しかし…あれから数年、ほとんど姿を見ませんでしたので「ああ、やっぱり駄目だったのか…」と時々思っていました。それが!つい先日ジムでエアロバイクをしながらテレビを見ていたら、トーナメントに若い人と混じって元気な杉原氏が!!私は思わず、小さな声でしたけど「やったなぁ…すげえ、すげぇ」と言ってました。「復活劇」にこそアスリートの真価あり、と自分にも言い聞かせてこの9か月ヒザとつきあってきました。杉原氏に感謝です。

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2006年4月22日 (土)

前朝

試合「前夜」では、中年しろうとの分際にはなんとなくかっこよすぎるので、「前朝」。一語ちがうだけでずいぶん間抜けな感じになる。でも、8か月の暗黒のトンネルをやっと抜けての試合。意識はオリンピックに向かうようなものだ??。イチローが言っている。「『試合を楽しむ』というが、僕にはそれがどういうことだかわからない」そうでしょ。

「がんばらない」「苦行ならしたくもない」なんてのも流行だけど、まぁそれは、がんばる=左脳優先、がんばらない=右脳優先=潜在意識の活用ということにつながっているのだろうけど、たいていの場合「がんばらない」はただたるむだけ。「楽しむ」だって全く同じだ。緊張・必死などが「後になってみたら楽しい」というのが本当のところではないだろうか。ほら、この前の「野性沸き立つ思い出」のようにね。だから、明日も緊張・必死・死に物狂い・がんばるでいこう。中年しろうとにはまだまだ達観は似合わない。

正式には明日は「大会」だから、「大会に参加する」というのが客観的には正しい。しかし、私はその言い方は好まない。「試合に往く」だ。またまたまた『バガボンド』。自分より実力者がいなくなってしまった寂しさを嘆く剣の達人・一刀斎の言葉。「鍛錬に鍛錬を積み、技と心を試し合う…試合い…」「その行き着く処にある死を受け容れた者、そういう男ならあいつは斬る」「そういう闘いがあいつ(小次郎)の何かを震わせとる」そして、小次郎に無視された若造に一刀斎は「おまえはその舞台にあがっとらんということだ」…

さて、明日はその「舞台」。何人の方が応援またはヤジをとばしてくださっているかわからないけど、(「無視」がいちばん多いのかも…)しろうとらしく「全力で・必死に・かっこつけて?」やってまいります。さすが、試合前朝。いつもと文体が違うブログでありました。結果の報告義務はないけど、律儀に正直に報告します。

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2006年4月21日 (金)

内部との対話

テレビでのスポーツ観戦は好きですが、昔から贔屓のプロ野球チームとかはありません。ですから、高校時代の友人たちと忘年会などをやっていても、中日がどうの…という話になってくるといつも黙っているだけです。

でも、贔屓の選手はずっといました。その人についてはかなり焦点化してくわしく追いかけます。特に、「ワザの改善」や「ココロの持ち方」などについての本や記事は必死に探して読みます。ボクシングやゴルフ、K1、競輪などの個人種目の選手についても同じです。それぞれの種目に注目選手がいます。身ひとつで世に向かっている人たちの言葉はほんとうに重みがあります。イチロー語録は何冊か出ていますが、その1冊の帯には「イチローの言葉はなんでこんなに効くのだろう」と。その答えは「自分のココロ・カラダに対する自己認識の深さ・徹底さから出た言葉だから。」でしょう。

またまた『バガボンド』ですが、耳の聞こえない小次郎には膨大な時間、自分の内部感覚と対話する時間があった。だから、若くして素晴らしい境地にまで達したのだという場面があります。私の尊敬する精神科医・故頼藤和寛氏も「自己認識の鬼」になることを目指しておられた。いかに自分を深く知り、感じることができるかがジャンルを問わずすべての「上達のカギ」なのでしょう。

思い出すことがあります。私の友人に短距離走者がいます。カレは、中学時代100m走で全国2位になったツワモノ。国体選手にもなりました。そのカレと高校時代いつも一緒に体育をしていたのですが、球技などしていて脚にほんの少しでも違和感を感じたら、カレはすぐやめてしまいました。私は、蛮勇こそすべてという感じを持っていましたので、なんて神経質なんだろうと怪訝に思っていました。しかし、そこが一流の証明だったのですね。高校時代から、内部との対話をしていたわけです。

私の水泳も7年目の今、やっと内部との対話が少しできるようになってきた感じがしています。掌への水の圧力、それを引くときの後背筋の収縮、キックのときの腸腰筋の働き具合…少しずつ体感できるようになりました。いよいよ復帰戦まであと2日。明日の練習でも内部との対話を大切にしていきたいと思います。また、泳ぎつつどうも隣のレーンの人が気になり、横目で見てしまうので一心不乱に泳ぎ抜くイメトレもしなくちゃ。

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2006年4月19日 (水)

「野性」沸き立つ思い出

スイマーになる前も、水場はすきだったので、内外の海、川、湖あちこち行きました。また、元々「無理」をするのが好きなので?それに比例してアブナイ目にもいろいろ遭いました。しかし、今それらがとても懐かしく愉しいのは、危機でこそ、潜在的な野性が沸き立つという先のブログに書いたようなことがあったからなのでしょう。水にまつわる思い出を。

職場の友人達10人で、ゴムボートを連結して、琵琶湖を渡ろうと計画しました。地図で見て一番狭いところなら楽勝だろうと。おもちゃのようなオール数本を持って。当初、快調でした。向こう岸も見えているし、安心、安心と。しかし、突如曇り、風が強くなりました。そうすると水面に浮かんでいるだけのゴムボートは、ワープするように流されていってしまいます。恐怖。新聞の見出しが目に浮かびました。どうする?どうする?小さな子もいました。だれかが水に入って引くしかありません。…その時最年少だったのが私。体力があることも知れ渡っています。おまえしかいないと、ロープを体に巻いて引っぱる役目となりました。肩は擦れるわ、藻はからまるわ、琵琶湖オオナマズを思い出すわ…向こう岸に着いたときには、立てませんでした。(以後しばらく「人間船外機」と呼ばれていました。)

大学生の頃、台風の若狭湾に行きました。赤い看板で「遊泳禁止」と。しかし、せっかく遊びにきたのに海に入らぬ手はないと泳ぎはじめました。丸太や変なモノがいっぱい浮いています。波は数メートル。そそり立つ波の中には、ボラでしょうか、いっぱい缶詰のように透けて見えます。沖まで行けばどうってことないだろう…と泳いでいって岸を振り返ると赤いランプ。パトカーです。拡声器で「沖の遊泳者、もどりなさーーい!あぶなーい!」少し人だかりもしています。「はやくもどれ!」…といわれても高波、なかなか戻れず、岸についてひどく叱られました。

ハワイのサンディビーチ。オアフでは高波で有名です。ボディサーフィンのメッカです。そこに、海パンだけでちょっと泳いでみようと入りました。といっても、高波の波打ち際、何度も浜に叩きつけられましたが。そして、ちょっと岸から奥へ行ってみた瞬間、あっというまに遠く沖へ流されました。ホントにあっというまに岸が遠のきました。これが岸から沖へのリップカレントというやつですね。焦りました。が、3階建てくらいの高さの波が前のみならず、左右から襲ってきました。このときは、ほんとうに「死」を感じました。水をたらふく飲んでなんとか岸に叩きつけられましたが、もうひとのみしてたらアウトだったでしょう。あとで読むと、何人も死人が出ているそうです。

沖縄のダイビングで、漂流し、50分くらいフィンだけで戻ってきたこと、パラオの洞窟ダイビングでボンベの空気がなくなってしまったこと…

こうしていろんな経験がありありと思い出せるのは、危機にあって全身・全神経が最大限の働きをしたからなのでしょう。復帰戦を4日後に控え、こうした「野性」よ、蘇れ!!と思っています。ひさしぶりにココロも試合仕様にしていかねばなりません。

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2006年4月12日 (水)

ドーパミンとエンドルフィン

かの脳内麻薬物質というものですね。この分泌を求めてヒトは日々シゴトや趣味に精を出すということです。なぜ、こんな麻薬が必要かというと、「ヒトははじめから有痛の状態にセットされているからだ」と。その痛みを消すために麻薬が必要なのだと。中村天風大先生も「人生、受身なったら不安や悩みのタネなどいくらでも出てくる」とおっしゃってます。なるほど、連休などに「のんびり、ゆっくりしよう」なんて長時間ダラダラやってると、じきにマイナス感情などが覆いかぶさってくるのはよく経験したところです。なにもしないと麻薬が切れてしまうわけですね。(老後の「悠々自適」なんかも、けっこう危険かも?)

「幸不幸は、境遇ではなくドーパミンの配給の多寡によって決まる」

私が日々水を求めてさまようのも、まさにこのドーパミンの配給