最近、水泳トモダチがとても増えました。と同時に、「水泳の師」も増えました。水泳を始めた頃は、「今更習う気はないなぁ。自己流あるのみ!」と突き進んでいました。プールへ行ってもほとんど誰とも話さず、自己流トレーニングだけをして「さあ、次!」と次の場所に向かっていました。顔だけはよく合わせる人はたくさんいたのですが、「社交はいらない。次!」という感じでした。周りの人たちから見て、ずいぶんヘンな奴だったことでしょう。(今でも十分ヘンですけど、もっと。)師はいませんでした。本のみでした。
…以後の変遷の詳述は省きますが、それが、今や、どのプールへ行ってもトモダチだらけ。スタッフ(監視員)の方までトモダチ風です。師もたくさんいます。師の中には、年齢的に私の息子・娘であってもおかしくない方もいます。一応運動部出身ですので、高校時代などはそれなりに先輩風を吹かしていた頃もあります。パンやジュースを買いに行かせたり、少し褒美に?おごってやったりと。エラソーにしていました。
しかし、今や「息子」「娘」にもアタマを下げ、教えを請うています。そして、それが全く気にならない、ましてやプライドがどうのなんぞとは毛頭思っていない自分に少し驚いてもいます。(オレはこんなに謙虚なニンゲンだったのか…と。友人もその変貌ぶりに驚いています。ふだんエラソーにしてますから?)
しかし、実は「謙虚」とも違うのです。ただ一途に「上達したい!」「速くなりたい!」の塊なのです。この強い思いの前に「謙虚」だなんだと何も関係ありません。それだけ、水泳が好きなのです。向上したいのです。教えてくださるなら誰だって教えを請いたい!という感じです。
武蔵の言葉に「我以外皆師なり」というのがあります。以前は、武蔵も歳をとって随分謙虚になったのだなあと思っていましたが、そうではないな、「向上心」の塊だったからだな、と今は思います。上達の道の前に、余計なものはみな吹き飛びます。
ただ、以前本当の師に巡り逢うだけの力もなかった頃の話。市営プールでアベックがいました。男性が女性にクロールを教えていました。「ローリングはね…」その当時、私の関心は「ローリング」にありましたので、すぐに聞き耳が立ちました。「肩をねこうしてね…(ふむふむ)…こっちがこうなっらね(ふむふむ)…」私は「うーーむ、そうだったのかぁ!」と感心して聴いていました。次の瞬間、その男性が壁を蹴って泳ぎはじめました。(おっ見本になるな)…次の瞬間、私の目に入ってきたものは…小学生低学年以下のクロールでした!(ばかやろーーーー!!)
懐かしい、真摯な取り組み始めの頃の思い出でした。
今は、とても師やトモダチに恵まれています。多謝、多謝。
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