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2006年4月30日 (日)

勝負仲間

私が水泳を始めるきっかけを作ってくれたのは、高校時代の友人Mです。彼とは30年以上にわたってのつきあいです。当時私はバスケット部。彼は山岳スキー部でした。以来、5~6人で、毎年忘年会や飲み会を続けているのですが、ある年の忘年会でMがフルマラソンに挑戦していることを知りました。大学時代に陸上をやっていたオトコなので、それ自体はたいして驚きませんでしたが、驚いたのはその内容でした。サブスリーランナーである彼は、なんと当時1日20~30㎞を走るといいました。それも会社の昼休みなども昼食なしでトレーニング…。凄い。

もともと瞬発系のスポーツを好んできた私は、年齢と共にその衰えもよくわかっていました。ですから、今のように「ピークは60代」などとは思いもよらず、「もうトシかな」と思っていたところでした。そこに彼の話。しかも、親友の実話。これはインパクトがありました。集団でも、「常識」と思っていたことを誰かがブレイクしてしまうと、あっというまにその「常識」は消滅するということはよくありますが、私もまさにそれでした。そうか、まだ鍛えることもできるのか…「中年しろうとスイマー」誕生の種が蒔かれた瞬間でした。

そして、忘年会のたびにお互いの「勝負」を語るようになりました。今ではこうした「勝負」を語れる仲間がずいぶん増えました。「プール環境」のところでも書きましたが、10の施設に出没している私は、それぞれに知り合いができました。

水泳以外でもたくさんの仲間ができました。スポーツクラブのインストラクターであるTくんは、自転車競技の選手。父親は私と同い年で昨年まで競輪の選手で鳴らしていた方です。彼の太ももの太さは私の1.5倍はあります。オソロシイ体力をしています。Sくんはラグビー。大学の得点王になったという韋駄天。彼とする瞬発系の話は楽しいです。Mくんはサッカー。Gくんは、トライアスロンです。みな、私の半分くらいの歳ですが、勝負話に年齢はありません。接骨院で知り合ったKさんは、総合格闘技。「プライド」出場を狙って特訓しています。私と同じくヒザを痛めて苦しんでおられますが、志を持ってがんばっていらっしゃいます。テレビに登場する日を楽しみにしています。職場のOさんは、ゴルフのトーナメントアマ。60歳を越えてなお闘志満々。仕事前にも練習場でひと汗流してきます。

…などなど、「勝負」仲間が増えるのはとても楽しいことです。昨日は、他のクラブから「こっちに来ない?リレーも組めるし、燃えてる人いっぱいいるよ」というお誘いをいただきました。より勝負話ができるならいいかな、とも思っています。

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2006年4月29日 (土)

『解体新書』

同時に運営している歴史のブログと間違えたわけではありません。私にとって、水泳の技術書を読むことは、オランダの人体解剖書を翻訳し『解体新書』を完成させた杉田玄白の苦労に似ている、といいたいのです。(わかんねぇ喩えだなぁという声が聞こえました。)

かの杉田玄白はほとんどオランダ語がわからなかったのに、翻訳を完成させました。記録によると「眉毛は、目の上に生えた毛である」という一文を訳すのに1日以上かかった…などとあります。最後はどうやってわかったんだろう?という素朴な疑問は保留のまま先に進みますが、「中年しろうとスイマー」になりたてのころは、市販の本がバイブルでした。必死に読みました。しかし、わからない。意味はわかっても、その感覚がわからないとか、簡単に書いてあるリードの文の方がわからないとかいろいろでした。そのひとつひとつが後にコーチに出会って解決していったときは、まさに至福でした。「なるほどおお!!」という声がプールに響き渡りました。

さて、今日また、ちょっと久しぶりに水泳の技術書を購入しました。(高橋雄介著『クロールが速くきれいに泳げるようになる』最近のはDVD付きなので、大いに助かります。)   そして、また??の一文に出会いました。それは、

「水を挟み込むようにキックし、重心を前に『乗せ返す』」

です。うーーーむ。どこの部分で挟み込む感覚を感じることができるのだろう…乗せ返す?「返す」というのは何に対して??このところ「キックの鬼」に変身したところでしたし、もともとあまりうまくないので、この一文大いに気になります。こんな風には全く思ったこともないので、上達のカギはこの中にありそうです。しかし…まだわからないなぁ。全然実感も湧かない。イメージも難しい…。

杉田玄白どののように粘り強く、この一文の解明及び体得にしばらく努力したいと思います。

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2006年4月27日 (木)

キックの鬼

昨日から「キックの鬼」になる決心をしました。…「キックの鬼」?どこかで聞いたことがあるなと思ったら、キックボクサー沢村忠の伝記的なマンガでした。熱中して読んだなぁ。テレビ化もされていて、主題歌はまだ歌えます。今までなんだかんだ書いてきていますけど、私の核心部分にはどうもスポ根マンガの影響が色濃くあるようです。…というより大いにあります。

特に「あしたのジョー」はもう血肉みたいなものです。中学生時代の寄せ書きなんかにも「完全燃焼」なんて書いてましたから。これ、ジョーが白い灰のようになって燃え尽きる…というラストシーンの影響そのものですね。原作者の故・梶原一騎さんは、いつも「完全燃焼」なんてこと言ってたし。もう狂ったように熱中して、繰り返し読んでいましたから影響がないわけありません。もちろん、「巨人の星」「空手バカ一代」も熱く読みました。(私の友人は後者を読んで空手の達人になりました。)

ジョーが独房に入れられ、丹下段平からの「あしたのためにその1」というワンポイントレッスン葉書を見ながら、繰り返し繰り返し練習していた場面は昨日のイチローの基本練習そのものです。他にやることのない独房は反復練習に最適の場でした。そして、力石と喧嘩で初対戦したとき、反復練習したジャブだけは、ホンモノで他はまるで素人と評される…今の自分にもおおいに当てはまるなぁと改めて思いました。どこまでも基本、基本。

星飛雄馬のように、ヒジの靱帯?がビシッと切れてしまわない程度に、力石のように死の減量まではしないように?トレーニングに励もうと思います…とこれらの古きよき?マンガを知らない方にはなんのこっちゃというお話でした。「キックの鬼」から、私(だけ)には、いろんなイメージがわきました?(それがどうしたというブログでした。)

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2006年4月26日 (水)

基礎トレ

昔、栄養剤のCMで「やる気はあるけど、カラダがついてこん!」というのがありました。何か割と気に入っていて、いろんな折りに使っていました。さて、この前の試合。これもまtこの類であったなと今になってつくづく思います。下半身が「ついてこん」だったのは当然です。ケガ後の8か月間、キックトレーニングは皆無だったのですから。1本くらい何とかなる…世界ではないわけです。失速は必然でした。

水泳のキック練習は単調です。正直なところあまり好きではありません。どうしてもダイナミックな上半身の練習に傾きがちです。これは、ケガ前からそうでした。しかし、先日買った「司法試験の勉強法」を書いた伊藤真氏の本に、こんな私にぴったりの文章がありました。

タイガーウッズは、練習の虫だという。普通の選手なら飽きてしまうような基本の練習を、飽きずに何百回もできる。そこが彼の才能である。

イチローも同じだ。誰よりも早く球場に来て、素振りの練習を徹底してやる。凡人なら辟易してしまうくらいの練習量をイチローは黙々とこなすという。一流のアスリートと呼ばれる人たちは、このように基礎練習を飽きずに繰り返せる人たちだと私は思う。

こうした基礎練習の積み重ねによって、「ついていくカラダ」もできてくるのでしょう。昨日よりビート板キックを黙々と始めた水狂人でありました…「普通の選手が飽きてしまうくらい」がんばろうっと。

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2006年4月25日 (火)

1日3分割

シゴト→トレーニング→接骨院→喫茶店で読書・執筆→帰宅というのがおよそ普通の1日の流れです。つまり「シゴト」「トレーニングアンドメンテナンス」「読書アンド執筆」というように1日が3ブロックに分かれているわけです。

私のやっていることを見て「よくそんな時間があるね」と多くの人から言われますが、これを可能にしているのは、第2部のトレーニングです。ある人が書いていました。「ジョギングは哲学的で、走りながらいろんなことを考えるが、水泳は頭の中真っ白にする」と。なるほどそんなもんかと、人体実験で泳ぎながらいろいろ考えてみたり、計算をしてみたりしたのですが、やっぱりできない。つまり、泳ぐことによって頭の中が真っ白になる=アタマがリセットされるということです。空白ができる。だからそのあとの読書や思索もはかどる。そして、帰宅したときにはいつもシゴト場のことは遠い過去のことみたいになっています。

泳ぐことは、この前の試合みたいにイノチ削るみたいな面もありますが、こんな恩恵も与えてくれています。もちろん、私は水泳を「リフレッシュの道具」みたいには全く考えていなくて、純粋に?「勝負欲」を満たすためにやっているわけですが、大きなオマケでした。ま、いつもスッキリとして帰宅できるのはありがたいことです。

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2006年4月24日 (月)

「試合筋」

昨日の試合の疲れがなんだか今日まで続いていました。最近になかったことです。朝、職場でゴルフトーナメントなどで「勝負」を重ねている方にその話をすると「それは『試合筋』を使ってなかったからだな」といわれました。

「試合筋」…初耳でしたが、なるほど。そんな感じです。さすが勝負の日々を送っている方、よくわかっていらっしゃる。また、泥にまみれながら「試合筋」の鍛え直しだな、と思った日でした。

明日、ちょっとシゴトの「勝負」がありますので、今日は短く終了。シゴトの「試合筋」も決してにぶらせないようにしなきゃな。

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2006年4月23日 (日)

復帰戦

行ってきました、復帰戦。応援・ヤジ・無視?ありがとうございました。8か月ぶりの会場。ずいぶん緊張しました。しかし、それよりもまた「舞台」に戻ってこられたうれしさの方が勝っていました。会場についてすぐ、(復帰)記念Tシャツ2枚とスイムキャップ、プログラムと計5800円を一瞬にして消費。(賢い店員はお客様を躁状態にするのがセールスの原則でしょう。)

プログラムを見て仰天。なんとレベルの高いメンバー!全国ベスト10前後レベルが4人も並んでいます。もうひとりも以前負けた思い出のある某水泳名門大学閥の方。その5人の横に私。うーーむ、神様は復帰戦にふさわしい舞台を用意してくださった…ヒザくんに、オイがんばろうぜ、と。昨日「緊張」ということを書きましたが、実は私あるスポーツのカントクを長い間やっていて、自分ひとりの闘いである水泳は「人を動かして勝たせる」ということよりうんと気が楽で、あまりは緊張しないのです。しかし、このメンバーと8か月のブランクは十分に緊張させてくれました。

中略。

試合はどうだったかというと、順位は順当?タイムはここ数年ではもっとも悪いものでした。メダルまではあと0.4秒。飛び込みはやはりヒザの痛みのトラウマが抜けきっておらず、ハンパでかっこわるかったです。後半、伸びがなくなりました。ビデオで見ると、右手が伸びていません。つまり、左足のキックがダウンしてしまったということです。

結果は不本意で落ち込んでいましたが、冷静に考えると、8ヶ月間試合という真剣勝負をせず、道場で木刀をいじっていただけでした。試合のカンも鈍っていたにきまっています。それに下半身はほとんど鍛えず、上半身のみで泳いできました。これで会心の泳ぎができるはずがありません。ごまかしはきかない。だからこそ面白いのです。株屋の父親が、総務課に移ったときに言ってました。「もう、相場は読めない」「その場を離れたら終わりだ」落ち込むより、復帰を喜びたいと思います。

「復活」はもう少しかかりそうです。中谷彰宏さんが言ってました。「スポーツのよさはたくさん挫折を味わえることだ。シゴトじゃ、そうそうは味わえない」たしかにスイマーになってから、気分の切り替えが早くなってきました。たくさんの挫折の「おかげ」で。今日は、1本泳いだだけなのに、猛烈に疲れました。試合後、車で爆睡していました。下半身全体も筋肉痛です。練習は、100%の力でやってるつもりでも、せいぜい7~80%。試合は120%、そんな感じです。

また、明日はプールへ往こう。

疲れて帰ってきて、ニューブログをひとつ立ち上げました。(文の前半とのつながり不明?)

「中年スピーカー『はなしの道』を往く」です。こちらもご愛顧ください。

「中年が往く」シリーズ?ブログ3部作です。「2軸」が「3軸」になっちゃいました。溺れるかな?

   こちらです。http://blog.goo.ne.jp/bright23/

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2006年4月22日 (土)

前朝

試合「前夜」では、中年しろうとの分際にはなんとなくかっこよすぎるので、「前朝」。一語ちがうだけでずいぶん間抜けな感じになる。でも、8か月の暗黒のトンネルをやっと抜けての試合。意識はオリンピックに向かうようなものだ??。イチローが言っている。「『試合を楽しむ』というが、僕にはそれがどういうことだかわからない」そうでしょ。

「がんばらない」「苦行ならしたくもない」なんてのも流行だけど、まぁそれは、がんばる=左脳優先、がんばらない=右脳優先=潜在意識の活用ということにつながっているのだろうけど、たいていの場合「がんばらない」はただたるむだけ。「楽しむ」だって全く同じだ。緊張・必死などが「後になってみたら楽しい」というのが本当のところではないだろうか。ほら、この前の「野性沸き立つ思い出」のようにね。だから、明日も緊張・必死・死に物狂い・がんばるでいこう。中年しろうとにはまだまだ達観は似合わない。

正式には明日は「大会」だから、「大会に参加する」というのが客観的には正しい。しかし、私はその言い方は好まない。「試合に往く」だ。またまたまた『バガボンド』。自分より実力者がいなくなってしまった寂しさを嘆く剣の達人・一刀斎の言葉。「鍛錬に鍛錬を積み、技と心を試し合う…試合い…」「その行き着く処にある死を受け容れた者、そういう男ならあいつは斬る」「そういう闘いがあいつ(小次郎)の何かを震わせとる」そして、小次郎に無視された若造に一刀斎は「おまえはその舞台にあがっとらんということだ」…

さて、明日はその「舞台」。何人の方が応援またはヤジをとばしてくださっているかわからないけど、(「無視」がいちばん多いのかも…)しろうとらしく「全力で・必死に・かっこつけて?」やってまいります。さすが、試合前朝。いつもと文体が違うブログでありました。結果の報告義務はないけど、律儀に正直に報告します。

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2006年4月21日 (金)

内部との対話

テレビでのスポーツ観戦は好きですが、昔から贔屓のプロ野球チームとかはありません。ですから、高校時代の友人たちと忘年会などをやっていても、中日がどうの…という話になってくるといつも黙っているだけです。

でも、贔屓の選手はずっといました。その人についてはかなり焦点化してくわしく追いかけます。特に、「ワザの改善」や「ココロの持ち方」などについての本や記事は必死に探して読みます。ボクシングやゴルフ、K1、競輪などの個人種目の選手についても同じです。それぞれの種目に注目選手がいます。身ひとつで世に向かっている人たちの言葉はほんとうに重みがあります。イチロー語録は何冊か出ていますが、その1冊の帯には「イチローの言葉はなんでこんなに効くのだろう」と。その答えは「自分のココロ・カラダに対する自己認識の深さ・徹底さから出た言葉だから。」でしょう。

またまた『バガボンド』ですが、耳の聞こえない小次郎には膨大な時間、自分の内部感覚と対話する時間があった。だから、若くして素晴らしい境地にまで達したのだという場面があります。私の尊敬する精神科医・故頼藤和寛氏も「自己認識の鬼」になることを目指しておられた。いかに自分を深く知り、感じることができるかがジャンルを問わずすべての「上達のカギ」なのでしょう。

思い出すことがあります。私の友人に短距離走者がいます。カレは、中学時代100m走で全国2位になったツワモノ。国体選手にもなりました。そのカレと高校時代いつも一緒に体育をしていたのですが、球技などしていて脚にほんの少しでも違和感を感じたら、カレはすぐやめてしまいました。私は、蛮勇こそすべてという感じを持っていましたので、なんて神経質なんだろうと怪訝に思っていました。しかし、そこが一流の証明だったのですね。高校時代から、内部との対話をしていたわけです。

私の水泳も7年目の今、やっと内部との対話が少しできるようになってきた感じがしています。掌への水の圧力、それを引くときの後背筋の収縮、キックのときの腸腰筋の働き具合…少しずつ体感できるようになりました。いよいよ復帰戦まであと2日。明日の練習でも内部との対話を大切にしていきたいと思います。また、泳ぎつつどうも隣のレーンの人が気になり、横目で見てしまうので一心不乱に泳ぎ抜くイメトレもしなくちゃ。

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2006年4月19日 (水)

「野性」沸き立つ思い出

スイマーになる前も、水場はすきだったので、内外の海、川、湖あちこち行きました。また、元々「無理」をするのが好きなので?それに比例してアブナイ目にもいろいろ遭いました。しかし、今それらがとても懐かしく愉しいのは、危機でこそ、潜在的な野性が沸き立つという先のブログに書いたようなことがあったからなのでしょう。水にまつわる思い出を。

職場の友人達10人で、ゴムボートを連結して、琵琶湖を渡ろうと計画しました。地図で見て一番狭いところなら楽勝だろうと。おもちゃのようなオール数本を持って。当初、快調でした。向こう岸も見えているし、安心、安心と。しかし、突如曇り、風が強くなりました。そうすると水面に浮かんでいるだけのゴムボートは、ワープするように流されていってしまいます。恐怖。新聞の見出しが目に浮かびました。どうする?どうする?小さな子もいました。だれかが水に入って引くしかありません。…その時最年少だったのが私。体力があることも知れ渡っています。おまえしかいないと、ロープを体に巻いて引っぱる役目となりました。肩は擦れるわ、藻はからまるわ、琵琶湖オオナマズを思い出すわ…向こう岸に着いたときには、立てませんでした。(以後しばらく「人間船外機」と呼ばれていました。)

大学生の頃、台風の若狭湾に行きました。赤い看板で「遊泳禁止」と。しかし、せっかく遊びにきたのに海に入らぬ手はないと泳ぎはじめました。丸太や変なモノがいっぱい浮いています。波は数メートル。そそり立つ波の中には、ボラでしょうか、いっぱい缶詰のように透けて見えます。沖まで行けばどうってことないだろう…と泳いでいって岸を振り返ると赤いランプ。パトカーです。拡声器で「沖の遊泳者、もどりなさーーい!あぶなーい!」少し人だかりもしています。「はやくもどれ!」…といわれても高波、なかなか戻れず、岸についてひどく叱られました。

ハワイのサンディビーチ。オアフでは高波で有名です。ボディサーフィンのメッカです。そこに、海パンだけでちょっと泳いでみようと入りました。といっても、高波の波打ち際、何度も浜に叩きつけられましたが。そして、ちょっと岸から奥へ行ってみた瞬間、あっというまに遠く沖へ流されました。ホントにあっというまに岸が遠のきました。これが岸から沖へのリップカレントというやつですね。焦りました。が、3階建てくらいの高さの波が前のみならず、左右から襲ってきました。このときは、ほんとうに「死」を感じました。水をたらふく飲んでなんとか岸に叩きつけられましたが、もうひとのみしてたらアウトだったでしょう。あとで読むと、何人も死人が出ているそうです。

沖縄のダイビングで、漂流し、50分くらいフィンだけで戻ってきたこと、パラオの洞窟ダイビングでボンベの空気がなくなってしまったこと…

こうしていろんな経験がありありと思い出せるのは、危機にあって全身・全神経が最大限の働きをしたからなのでしょう。復帰戦を4日後に控え、こうした「野性」よ、蘇れ!!と思っています。ひさしぶりにココロも試合仕様にしていかねばなりません。

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2006年4月18日 (火)

2軸

水泳界も「2軸」流行りです。たとえれば、サーフボードのパドリングのように泳ぐわけです。確かにこれはスムーズに進みます。中年の肩への負担も少ない。これに変えてから急に長い距離が辛くなくなりました。ピッチも当然速くなりました。

私の短い水泳歴を振り返ってみると…初期は「一匹オオカミ」「自己流のオニ」でいこうと決めていましたので、とにかく本能的に速く泳ぐということだけを考えていました。セオリーがないのですから、本能しかありません。本はあまり役立ちませんでした。水の中の競技。できてるんだかどうだかさっぱりわからないからです。大会2回目で、まあまあの記録が出ました。

その後、似たような記録が続いて、レッスンを受けるようになったら、しばらくタイムが下がったりしました。うーーむ、なんでだろうとずっとナゾでしたが、やっとわかりました。「本能」で泳いでいたとき、自分で「2軸」をやっていたのです。「直観は神の声、その次の考えは人の声」で、やはり本能はより速く泳ぐためのフォームを選択していました。(もちろん、「正しい」2軸であるはずはありませんが。)

以前、ハワイで個人レッスンを受けたことがあります。ロビンというオリンピックでしか見ることのないようなカッコイイ女性スイマーでした。その時、エントリーした手を、腰を指さし、「ストレート!ストレート!」腰までまっすぐ引けというのです。そのころは、ローリングもし、S字プルもかなりサマになってきたと自惚れていたので、「パードゥン?」「ストレート??」何言ってるんだろう、このヒト。オレのヒヤリングが悪いのか??と不審におもいつつ、帰国しました。

後に本を読むと、アメリカやオーストラリアではずっと、そして今でも「2軸」が当たり前なのだそうです。ほんとだ、イアンソープもハケットも全然ローリングなんかしてないじゃないか!ロビンさんは正しかったのだ…(オレのヒヤリングも…?)

どうでもいいことを思い出しました。かつて湘南ヘボサーファーだった頃、パドリングが好きでした。これだけでもいいやなんて思っていました。南国に行ってもよく浮き板みたいなのに乗ってパドリングで遠く沖まで行っていました。しかし、ある記事を読んでからやめました。サーファーがホオジロザメに襲われるのが多いのは、海中から見るとパドリングしている人が好物の「弱ったアザラシの子」みたいにサメさんに見えるからだと。ダイビングをやっていた私は海中から見たその図が鮮明に想像できてしまうのでした。その少し前、伊勢のブラジル丸の甲板でどういうわけか「オーストラリアで捕獲したホオジロザメのアルコール漬け展」?も見ていたのでその怖さは拡張され、パドリングで沖に出ることはもうなくなりました。「イメージ」は大きな力があります…と今日のテーマと全く違う結論で本日終了。(「水泳」と「歴史」の「2軸ブログ」で文章乱れてきたかな?)

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2006年4月17日 (月)

痛み

厄年で本格的に水泳を始めてから、ずっと痛みとは共連れでした。よく水泳をやっているというと「健康的でいいね」といわれますが、そりゃ、ゆっくりのんびり泳いでいれば、重力に逆らわない運動である水泳はとても健康にいいでしょう。しかし、私のは「勝負!」カラダにいいだけのはずはありません。水泳を始めて痛みはほぼカラダを一周しました。

カラダが痛くなるのは理由があります。ひとつは、カラダを間違った使い方をしたいるために起こる痛み。歪みから来る痛みと言っていいでしょう。もうひとつは、新しいフォームにすることによって、今まで使ってなかった筋肉が使われ、生じた痛み。これは使っていなかった強化する過程で通らざるをえない痛み。前者は、まず初期に首の付け根の痛みが。無理に首を上げて呼吸していたことによって起こりました。次に、オーバーローリングで肩・ヒジを。後者では、ストロークで肩胛骨を使えるようになって、その周辺の筋肉痛が起こりました。これは、少しうれしい痛みでした。

そして、今は両肘がかなり痛い。これを自己分析では、「二軸」がサマになってきて、上級者の証明ともいえる前腕部の回内・回外動作がよくできるようになってきたからだな、と痛がりながら悦に入ってました(不気味ですね。) しかし…原因はそうではありませんでした。なんと、キーボードの打ちすぎのようです。とほほです。確かにこのところ連日連夜、練習、帰宅後、このブログの1日分×4,5倍は打っていました。その上に昨晩、もうひとつの趣味である歴史のブログまで立ち上げてしまいました。ヒジがしゃべれたら「何考えてやがる馬鹿野郎!」というでしょう。しかし、「夜回り先生」の凄まじいメール返信などに比べたら屁みたいなもの…かな。スイマーで歴史マニアという狭い範疇?にお入りの方がいらっしゃたら、どうぞ両方ともご愛顧ください。

ふと、以前ハワイに行ったときのことを思い出しました。日本人が「写真屋さん兼アイスクリーム屋さん」という店を出していました。その中年店主曰く「写真屋がアイスを売ってても面白いかと思ってね」…うーーむ。面白いかもしれないけど、どこへ往くおつもりか?と思いましたが、ひとのことはいえなくなりました。とりあえず、歴史のブログのアドレスです。

http://bright5.cocolog-nifty.com/oni/

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2006年4月16日 (日)

「身体のピークは60代」

本は大量に買います。そして、大量に捨てます。ですから、特にハウツー本のようなものは古いものは残っていません。しかし、「ワニの本」という軽い感じの本なのにずっと本棚に鎮座している本があります。伊藤昇著『気分爽快!身体革命』1994年に買って読んだ本です。なぜ残っていたかというと、とても気になる内容が書かれていたからです。その一文が今日のタイトル「身体のピークは60代」です。

当時の私は今のようにアスリートではなく、ビールとサウナと焼き肉の中年でした。ですから、そんな説を読んだところで、にわかには信じられませんでした。しかし、なにか気になり続け、とってありました。こんなことが書いてありました。少し長くなりますが引用します。

「…人間の身体の本当のピークは60代なのです。ただし、なにもしないで毎日を過ごしていては無理な話です。これは、ヨガの教えで言われていることですが、身体に必要なトレーニングを続けていると、60代になった時が、頭の働き、身体の動きとも最高の状態になるのです。10代、20代のうちは、ただ体力にまかせて動いているだけで、頭の方の理解力、判断力、集中力が足りません。身体を動かすということは、スポーツ、武道、ダンスから、お茶などの習い事、日常生活の歩く、立つ、座るなどの動きに至るまで、いかにスピードが出せるか、パワーが出せるか、スムーズに動けるかなどを、考えられるだけの頭の力がなければうまくゆきません。その頭と身体のバランスがもっともよく、最高の力が出せるのが60代というわけです。…」

そんな阿呆な…と思っていましたが、この本を思い出したのが、初めてジャパンマスターズに行ったときでした。青年のような泳ぎの60代の方々を見てほんとうに驚きました。この前送られてきた「全国50傑ランキング」を見ても、60代の1位の方は、私のベストタイムを0.1秒上回っています。(私は36位でした。)マスターズの試合を初めて応援に来てくれた友人達は一様に驚き、加齢のイメージは変えて帰っていきます。

もちろん、オリンピックでそんな年代の人が活躍するわけもなく、「最高」の意味合いは別なのでしょうが、それでも今まで「思いこんできた60歳像」は、大幅に修正されてもよさそうです。「もう、歳だから…」は「本当にそうかな?」と付け加えて考える必要がありそうですね。私は昨日のテーマの如く、アタマとカラダを鍛えつつ、「ピークは60代」を信じ切って往きたいと思います。

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2006年4月15日 (土)

「体は野蛮に、頭は文明に」

「体は野蛮に、頭は文明に」…だれの言葉だったかはわすれてしまいましたが、若い頃本で見つけました。以来、私の行動原理みたいになりました。あの「よく遊び、よく学べ」のゴール版といったところでしょうか。加齢の行き着くところがこの逆だったら、かなり悲惨な老後となりますね。文明病の体と耕してないアタマ…。

体は野蛮に…今の生活にあって、人間の持つ「野性」は、ほっておけば退化する一方です。以前、若い女性に厚底靴が流行った頃、これもだれだったか「あれは花魁ファッションだ。彼女たちはゆっくり歩くのが仕事だからいい。しかし、そうでない若い女性が履いている。あの靴では危機に対応できない。逃げられない。平和ボケの産物だ。」みたいなことを新聞に書いていました。なるほど。

野性=戦闘心ではありません。好戦的なだけの生き物はたぶん絶滅してしまったでしょう。野生動物にとって、むしろ「逃げる」という行為こそ生きる術ですね。(競馬の馬だって、草食動物。獲物めがけて追いつく競争みたいに見えても、そうではなくあれは「逃げっこ」の変形ですね。)

私も今や、素人ながら「勝負者」です。競泳が「逃げっこ」なのか「獲りっこ」なのかわかりませんが、カラダ勝負である以上、野性の喚起は重要なテーマです。ファッションとて武器。「平和ボケ」したものは避けようと、変なこだわりを持っています。

ほら、たとえば、若い人の短足ジーンズ(失礼。なんていうのかな、あのわざと下に下げ、パンツなんか見せてるやつ)アレでは、逃げられないし、まともに闘えない。女性の腰出しジーンズ…競技勝負者にとって、「冷え」は最大の敵。しかも腰を冷やすなど……やめましょう。年寄りのボヤきみたいになってしまう?

かつて、南の島ダイビングに狂っていた頃もありました。多くは発展途上の国で、治安もいいのか悪いのかよくわかりませんでした。空手の達人の友人といっしょでしたが、二人とも外出時はいつも両ポケットに、いざというとき用の大きな石を入れていました。そういう環境で生活していると、細胞のひとつひとつが野性を取り戻し、活性化していくような気がしました。

『バガボンド』に出てくる剣豪達には当然の日常でしょう。そういう中では身体的にも信じられないような潜在力も発揮できたことでしょう。今の私にこんな生活ができるわけありませんが、その何千分の一でもできれば、よりよいパフォーマンスにつながっていくのではないかと思っています。

さて、日常的にどうやって「危機感」を組み込むか…野蛮求めてどこへ往く…

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2006年4月13日 (木)

ワザの改善

人気漫画『バガボンド』には、深く共感できる場面がたくさんあります。まずは、京に上った武蔵が「オレは強いのか弱いのか実はよくわからん」という場面。『SWIM』にも書きましたが、最初の試合に出るまでの私の気持ちそっくりです。そして、武蔵はいいます。「おまえを倒したら俺は強いといえるか?」武蔵とはレベルは違いますが、私も「アイツ(「あの人」ですね)」に勝てばまずまずといえるだろう、と思う人を目指してはじめのうちは特訓していました。ヒトはやってることに「基準」を持たないと心落ち着けないもののようです。

そして、一番気に入ってる場面は、小次郎と巨雲というツワモノの死闘の場面です。お互い肉を切り刻みながらも、その死闘の中でふたりとも「新しいワザ」を体得します。そして「おまえも技の改善をしたか」と共に喜び合う。「新しい体の使い方・感覚」を体得した小次郎は、死闘のさなか、狂喜乱舞します。それをハタで見ている武士は「狂ってる」と称します。

…が、「ワザの改善」を実感としてとらえらえたときは、本当に至福の一瞬です。小次郎の乱舞、わかります。かつてスキーに狂っていた時、コーチから「急斜面ウェーデルンのコツは、板の跳ね返りをヒザで自然に受け止められるようになることだ」という旨の話を聞いていました。しかし、何十日やっても「跳ね返り」という感覚はつかめませんでした。しかし、ある日、脚が「跳ね返り」としかいいようのない感覚をつかみました。そのときの嬉しかったこと!草津温泉に浸かりながら、「やったなぁ」と何度も噛みしめたのを覚えています。

水泳でも、そんな至福の一瞬を何度も味わいました。最近では、「前腕で水のかたまりをつかむ」という感覚です。ヒザを痛めてプルブイでストロークの練習ばっかりしていた「恩恵」といえるかもしれません。片手クロールをしていて、「うん、いまちょっと掌が水に『ひっかかった』よな…」もう少し意識してみようか…なんか、前にある大きなボールをひっかけるように…なんて書いてあったっけ…そして、それの「乗っかって」いくんだよな…なんて試行錯誤の結果、「体得」できました。「わかったぞ!!」小次郎のように狂喜乱舞したい気分でした。

「しろうと」ゆえにこうした「ワザの改善」の機会には事欠きません。この6年間実に多くの幸せを味わうことができました。たぶんその都度、エンドルフィンが大量に分泌されたのでしょう。その麻薬中毒となってしまったわけです。

明日は歓送迎会。ブログはお休みです。復帰戦までいよいよあと10日。本当は、酒より「ワザの改善」に酔いたいところです。

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2006年4月12日 (水)

ドーパミンとエンドルフィン

かの脳内麻薬物質というものですね。この分泌を求めてヒトは日々シゴトや趣味に精を出すということです。なぜ、こんな麻薬が必要かというと、「ヒトははじめから有痛の状態にセットされているからだ」と。その痛みを消すために麻薬が必要なのだと。中村天風大先生も「人生、受身なったら不安や悩みのタネなどいくらでも出てくる」とおっしゃってます。なるほど、連休などに「のんびり、ゆっくりしよう」なんて長時間ダラダラやってると、じきにマイナス感情などが覆いかぶさってくるのはよく経験したところです。なにもしないと麻薬が切れてしまうわけですね。(老後の「悠々自適」なんかも、けっこう危険かも?)

「幸不幸は、境遇ではなくドーパミンの配給の多寡によって決まる」

私が日々水を求めてさまようのも、まさにこのドーパミンの配給=幸福感を求めてということになります。もうひとつ、どちらかといえばシゴトの達成感などより、遊びの快楽によってもたらされる麻薬物質であるエンドルフィンは、なんと鎮痛剤のモルヒネと同じ分子構造なのだそうです。このどちらもヒトには常に必要で、これらを求めてヒトは日々さまよっている… なんとも単純でちょっと悲しい原理で生きてるんだなぁと思いますが、「真理は単純な中にあり」なのでしょう。(この誘導がなければ、人類の進化もなかったでしょうから神サマは上手につくったもんです。)

もうひとつ、これらの麻薬と逆の不快方向に導くセレトニンという物質もあるそうで、あまり深刻にギスギス競争なんかをするとこれが分泌されて幸福感を壊しにかかるんだそうです。つまり、「真剣に水泳に打ち込む」のはいいけど「深刻に打ち込む」のはマズイ、それは不幸・不快への道だということです。

中年しろうとスイマーは、いつもドーパミン・エンドルフィン系のみを目指しているか、ココロのチェックをしながら往かねばならぬということでしょう。

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2006年4月11日 (火)

アンチエイジング

七田真著『老いる技術』の中に、ノエルジョンソンという人のことが載っています。はじめ読んでいて、何度も読み間違いなのかと思いました。こんなことが書いてありました。「ノエルジョンソンという米国人は、70歳のときに、神経痛・心臓病・痛風でブヨブヨの体をしていた。医師からは死の宣告さえ受けた。しかし、そこで一念発起して生活をがらりと変え、トレーニングを開始。なんとシニアのボクシング世界チャンピオンに。更にシティマラソンで世界最高齢で優勝。83歳の時には、40代の内蔵だと医師に言われた…そしてその超人ぶりに「大統領栄誉賞」が贈られた…」なんとまあすごい人がいたものです。そして、そのアンチエイジングには4つの秘訣があったそうで、その大きなひとつはイメージトレーニングなんだそうです。「イメージ」大切ですね。

先日買った音楽雑誌には、来日したローリングストーンズのメンバーの写真とインタビューが載っていました。ミックジャガーが言ってますけど、ローリングストーンズが、「これが最後のツアーですか?」とインタビューされたのが1966年のことだそうです。なんとそれから40年!凄まじい持続力。60歳を過ぎて腹筋割れしたミックやキースのなんと若くかっこいいこと。

雑誌『FREE AND EAZY』の小野里稔編集長は、今月号の巻頭で「進化への逆説」というタイトルでエッセーを掲載しています。「進化への逆説」とは、年齢と共に「肉体を捨てさせ、頭だけの生物に切り替えさせようとする」流れに逆らう、という意味です。そして、知性をもって「若返り」の道を歩もう、と。(巻頭写真はバーベルセット)

リハビリから始めた私の水泳も、今や私にとって「アンチエイジング」の手段でもあります。筋肉も血管もずいぶん若返ったように思います。また、特に「ジャパンマスターズ」で「青年のような老年」の方々を多数拝見するにつけ、勇気が湧きます。かっこいいハダカのお年寄り(失礼)を拝見するのも試合の楽しみのひとつです。

水泳を通して、ミックジャガーのように?かっこよく若返りながら老いたいものです。「アンチエイジング」は、このブログの主要なテーマのひとつにしていきたいと思っています。

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2006年4月10日 (月)

プール環境

昨晩遅く、『SWIM』の鈴木律子編集長に、本ブログ開設の報告メールを送らせていただいたところ、超スピードでご返信いただきました。さすがデキる人はクイックレスポンスだなぁと驚いていると、今月号の追い込みのお仕事中とのこと。(19日が発売日ですよね。がんばってください!)今月から月刊化というご発展の陰に大いなる奮闘ありと感銘を受けました。また、スタイル1の草野伸行コーチからも早速ご返信いただき、リンクしてくださいました。ともにありがとうございました。

今日、新しいノートパソコンを注文しました。シゴト柄、毎日たくさんのメールに返信を書いたり、シゴトがらみで(もちろん、水泳とは全く関係ありません)メルマガっぽいモノを発信したりしています。そこにこのブログを開設しましたので、トレーニングして帰宅後すべて書くのはかなりしんどくなってきました。そこで持ち運びできるものを…と。今までのが3㎏で、今度のは2㎏。1㎏だけの差ですが、心理的には大違い。今度のならなんとか携帯する気になります。B5版パソコンはもっと軽いですけど、中年の疲れた目にはキツイ。A4・2㎏が妥当かなと。

この「心理的なめんどうくささ」というのは、どんなことでも継続していくには大きな要素といえます。「プールに通う」という継続も同じです。職場・家からの距離や道の混み具合、駐車場の大小などは大問題です。そのどれかが心に引っかかっていると、長期継続する意志にボディブローのように効いてきます。かつて長期山籠りまでしてスキー燃えまくっていた時期がありましたが、名古屋から雪国へ継続的に通うのはあまりにめんどくさく、道半ばにしてその情熱は消えました。

この水泳狂いが続いていることの大きな要因は、今住んでいるところがプール環境に大変恵まれているからともいえます。「すぐに行ける」プールが、入会しているスポーツクラブで3つ。公営25mプールが4つ。公営50mプールが2つ。30分プラスすればあとひとつ。夏期には「すぐに」がさらに3つ追加です。そして、私の行く時間帯では、そのどれもが1コース独占に近い状態のときが多いのです。これはもしかしたら、世界一恵まれた環境なのかも…とマジに思います。(アラブの大富豪でもこれだけセレクトはできないだろう?)そして、その各々のプールに知り合いや顔見知りがいます。いろいろなところでがんばっていらっしゃる方を見るのはとても楽しいことです。この恵まれた環境を生かして、さらに成長せねば!とこのブログを書きながら改めて思ったのでありました。さて、明日はどこへ往く?     

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2006年4月 9日 (日)

リハビリ中

 昨年8月9日、バレーボールをしていたときのこと、アタックを打って着地した瞬間、ヒザがふにゃって感じになりました。ヒザから下を残したまま、上部が前にスライドしていった感じ。全治半年以上の始まりでした。やっと先月からリハビリトレーニング開始。太ももの表と裏を鍛えています。キックもなんとか打てるようになりました。復帰戦まであと2週間。

水泳を開始したきっかけとなったケガもバレーボール。足首がごきっと90度以上曲がりました。合計2年間ほどは、足のケガとつきあうことになったのです。今でも、階段を下りたりする時はちょっとコワイです。足もとがおぼつかないとココロにも大いに影響します。足腰が調子のいい時は、ココロも前向きになります。「すべての病気は筋肉異常から起こる」という説もあります。故障すると筋肉が弱り、いろんな弊害と闘わねばなりません。

女優の吹雪ジュンさんは、筋トレに熱心です。以前テレビで「筋肉がつくと自信がつくんですよ」と語っていました。納得です。私とほぼ同世代の長渕剛、郷ひろみもともに筋肉がつく前とあとでは言動が別人のようです。永遠の美女吉永小百合は「私は運動しかしてないんです」とトーク番組で言ったのを覚えています。中年になっても美しく溌剌としている方々、みな目の付け所は同じようです。

「足」に関心が集中していたこの半年余、先日はあのボクサーの亀田三兄弟のだれだったか、砂浜でのトレーニング後のインタビューで「もう、足は完成した」と言いました。足を「完成させる」という概念を持っていませんでしたので、妙に新鮮に感じました。よし、オレも「完成」させようと思いました。(どうなれば完成かな?)

足が使えなかった半年余、上半身は徹底的に鍛えました。しかし、そこは中古車のカラダ。接骨院通い抜きにはとても続きません。今もヒジに湿布を貼っています。やりすぎは若い頃からの私の常です。「極めてやる!」がすぐに「やりすぎ」に。しかし懲りません。作家の中谷彰宏さんは365日ボーリング+マッサージだそうです。同世代です。メンテナンスは重要なテーマですね。 

しばらくは下半身トレ+接骨院メンテナンスが続きそうです。

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2006年4月 8日 (土)

はじめまして。はじめました。

 プロフィールにも書きましたが、水泳に熱くなっている「中年しろうとスイマー」です。今年で水泳を始めて7シーズン目になります。ただ、昨年8月にヒザの十字靱帯を損傷してしまい、以来ずっと試合には出ていません。勝負欲が満足させられず、欲求不満の日々でした。そして、やっと今月末の短水路大会から試合復帰できることになりました.。長い長いトンネルから抜け出る気分です。本ブログもそれに合わせて開設しました。全国の熱き中年しろうと・くろうとスイマーのみなさんと熱い対話ができたらなぁと思っています。『龍馬が往く』のようにかっこよく「往く」ところもありませんが、どうぞよろしくお願いします。                       

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『SWIM』(ランナーズ)誌NO.16に、拙エッセーを掲載していただいたところ、近隣のけっこう多くの方からお声をかけていただきました。この際、「中年素人スイマーのその後」を記すのもいいかな…と思ったのも開設のモチベーションとなりました。    

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